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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」の探究—

物語を書く動機

神の声を聴く敬虔な人びとを、より魅力的に描くべきではないか。金や名声ではなく、このことが、私が物語を書く理由です。ウラジミール・ナボコフ

ビジネスにおける「生の哲学」

フランスの「生の哲学者」ベルクソンは、経営者を例に挙げて「快楽と歓喜」を区別した。「自らの営んでいる事業の繁栄を眺める事業主は、お金が儲かったことや有名になったことのために、歓ぶのでしょうか。富や名声は、もちろん経営者が感じる満足のなかで大きな要素を占めてはいます。しかしその富や名声は快楽であって、歓喜ではありません。彼ら経営者がほんとうの歓び(歓喜)を味わうものは、発展する企業を創造し、何かに生命を吹き込んだという感情なのであります」

ベルクソンがいう、快楽とは区別されるところの歓喜/歓びとは、発展する事業や企業を創造する歓びをいう。さて明日われわれは、一体何に生命を吹き込むのか。

次代の担い手はどこにいるのか

「大企業の中にいる人たちを どうこうするのではなく、その外側にいる人たちに火をつけたほうがいいです」

先だって研究会でこんなやりとりがあった。参加者のおひとりが いわゆる大手日本企業の執行役員なのだが、彼がそう言うのである。彼は続ける。

「意欲的な人たちは、外に出ていますから。スタートアップの人たちなどは『生の息吹』を感じます」。

「これは確信に満ちたご意見ですね?」と言うと、「はい」と彼は応えた。

この日は、 H. ベルクソンの「エラン・ヴィタール(生の飛躍)」を取りあげた会だったから「 生の息吹 」という言葉が出てきたのだろう。この先10年後の日本経済はかなり厳しくなるだろうけど、変化と創造の担い手がどこにいるのか、もうはっきりしていると思うんだよね。

人間について

岡本太郎が、芸術家らしく明晰な言葉でこれからの日本について語ったとき、「 岡本先生、日本のためにはあなたのようなヒトが必要なんだ! 」と語ったヒトがいたが、彼は結局なにもしなかったことが歴史上知られている。

note: 岡本太郎(1911-1996)

崇高な思想

崇高な思想も 長々と話せば 寝言になる。

深層の地殻変動

現在私たちの生きている世界では、明らかにひとつの大きな 〈知の変貌〉 が起こってきている。それが全体としてどういうものであるかは、その変動そのものの中に私たちがいるので、容易にはとらえにくい。しかし、ある大きな変貌が 〈知〉 に起こっていることは、多くの人びとによって感じられている。それはイデオロギーの変化でもなければ時代思想の変化でもなくて、もっと基礎にある根本のもの、私たちの考え方や感じ方の前提となっているものの変化である。

身体、言語、時間、制度などの基本問題に人びとの関心がつよく向けられ、文化や人間や歴史の諸問題をそのような基底からとらえなおすことが、いろいろなかたちで試みられている。

中村雄二郎

reference to this page: 中村雄二郎『知の変貌 —構造的知性のために—』弘文堂, 1978, p.i.

A Definition of Philosopher

Philosopher は、いかなる観念共同体の市民ではない。
そのことが、彼を philosopher たらしめる。

L. J. J. Wittgenstein

On Narrative (2)

Your narrative gradually fixes your thought. Is it your belief or old, stubborn idea?

On Narrative (1)

We live in narratives.

社会科学のはじまり

社会科学思想の源泉は、啓蒙思想に求められる。これは17世紀から18世紀にかけてまずイギリスで成立し、次いでフランスに広まった。このなかには、

ⅰ イギリスにおける近代市民革命の理論的裏づけを準備したT. HobbesとJ. Locke

ⅱ これを受け継いで、経験主義的・合理主義的な人間性論にもとづく道徳哲学を構築したD. Hume、B.de Mandeville、F. Hutcheson、A. Smith、A. Fergusonなど、

ⅲ また、これらイギリス啓蒙思想の流れをフランスに導入して、フランス革命に法・政治思想的な面からの裏づけを準備したC. de S. Montesquieu

ⅳ 人間の理性が、非合理的な要素をひとつずつ取り除いて、合理主義に向けての人間精神の「進歩」を実現していくと考えたM. de Condorset(理性主義的進歩史観)

ⅴ イギリスのA. Smithに先行して、経済における自然的秩序の形成を理論化した F. Quesney および A.R.J. Turgot、

ⅵ Condorsetの理性主義的進歩史観を実証的科学主義へと方向づけたSaint-Simon および A. Comte などが含まれる。

ここにあげた名前のうち、最も古いのはHobbesである。その主著『リヴァイアサン』(1651)を最初の社会科学書と考えれば、近代社会科学の起源は、17世紀中盤あたりにまでさかのぼりうる。しかし、Hobbesの国家契約思想そのものはまだ絶対王政の産物であった。そこで、これをひとまず除外して考えるとすると、近代市民社会の理論として最もはやいのがLockeの『統治二論』(1690)、そして Hume 以下イギリスとフランスの啓蒙主義思想家がいっせいに活動したのは18世紀、Saint-SimonとComteの実証主義の登場は19世紀になってからのことである。つまり、18世紀を中心として、17世紀後半と19世紀初頭をふくむ時期が、社会科学の確立期とみなされる。

reference to this page: 富永健一『現代の社会科学者』講談社学術文庫, p. 28-29をもとに編集・作成。

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