Water

水は、科学の文脈では H₂O と記述され、宗教の文脈では聖水として扱われることがある。同一の対象であっても、置かれる文脈によって、意味づけや解釈のされ方が変わる。

関係主義の観点では、対象は一つの文脈に還元されず、複数の文脈において異なる相を示す。学的事実、歴史的事実、法的事実、社会的事実、心理的事実、哲学的事実といった事実の区分も、こうした文脈の差異を示すものとして現れる。

Aftershock:環境変化に対する人間の4つの反応

Harry Woodwardと Steve Buchholの『アフターショック Aftershock』では、大きな衝撃を受けた後、すなわち環境の激変に対する、人間の4つの反応を取り上げている。

その4つとは、無関心、自己喪失、方位喪失、憤慨である。

無関心(apathy)は、生活や世界への関与の欠如を意味し、存在の意味や目的を失った状態を指す。

自己喪失(loss of self)は、個人が、自己アイデンティティや本来的な欲求を見失い、他者や社会の期待に埋没した状態をいう。

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Game of Worldmaking

持続可能な開発。

この言葉が現れるまで、環境活動家と実業界のトップが互いに意見を交わすことは、ほとんどなかった。

環境保護主義者は、社会的アクティビストとして、小規模な団体をつくって活動するばかりで、影響力をもたなかった。そして彼らは、すべての実業家は、宇宙船地球号を破壊へと導く精神錯乱者だと思っていた。

一方、実業家たちは、環境保護主義者のことを、あらゆる技術的進歩を阻止することで頭がいっぱいの「エコナッツ」(熱狂的な環境保護論者)や「ラッダイト」(技術進歩反対論者)であると考えていた。

ところが、国連のブルントラント・リポートが「持続可能な開発」という言葉を初めて使用すると、変革の波が、瞬く間に世界に拡がっていった。

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復活する大国主義の物語

恐怖支配を敷いた独裁者スターリンが、再び英雄に祭り上げられている。

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革命のパラドクス

革命は夜明けを意味しない——
革命のパラドクスを一言で要約すればこうなる。

人間社会の観察者A. トクヴィル(A. Tocqueville, 1805 – 1859)は、かつてこう見抜いた。「革命は旧体制を撤廃しない。むしろ拡充する」と。

彼が指摘したように、フランス革命後に残ったのは、あいかわらずの官僚制支配だった。政治、経済、学術、芸術の中心地は、パリに残ったままであった。

ロシア革命がもたらしたものも農奴制であり、秘密警察であり、融通の利かない官僚制度だった。

つまり、ロシア革命を推進した自由主義者たちがもっとも嫌悪したもの、すなわちツァー体制の中核は、したたかに温存されたままであった。

そしてこのことは、毛沢東の文化大革命についても該当する、ということができる。

これこそがまさに、革命という神話であり、「革命は夜明けを意味しない」というパラドクスである。

ここでトクヴィルによって指摘されたのは、革命という言葉のもつ甘美なイメージに反して、急進的な社会変革の限界であった。

 

『オデュッセイア』の結末:ホメロスの叙事詩

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デモクラシーの欠陥とその先

デモクラシーの原理とは多数決原理であり、デモクラシーとは多数派支配を意味する。

デモクラシーの原理とは多数決原理であり、デモクラシーとは多数派支配を意味する。以下ではデモクラシーの欠陥と、その先について語られる。《支配》という、この分野特有の用語感覚もそのまま残している。

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1.六つの政治システム
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プラトンは『ポリティコス』のなかで、政治システムを次の6つに分類した。

クセノフォンによれば、この六区分はプラトンの独創ではなく、ソクラテスも同様に考えていた。プラトンが加えたのは、その価値づけである。

まず、「単独者が支配する政体」、「少数者が支配する政体」、「多数者が支配する政体」の3つに区別できる。次に、それぞれが「法を遵守する形態」と「法を軽視する形態」とに区分できる。

統治形態遵法精神(重視)遵法精神(軽視)
・単独者支配王 政僭主政
・少数者支配貴族政寡頭政
・多数者支配良民政民主政

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2.デモクラシーの欠陥
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プラトンによれば「単独者支配」は、法の精神が重視されているとき最善である。それが王政である。だが、法の軽視となると逆に最悪となる。それが僭主政である。「少数者支配」は、単独者支配と多数者支配の中間に位置づけられる。「多数者支配」は、あらゆる点で弱体であり劣悪である。ただ、それ以外の政治システムが法の精神を軽視する場合、つまり僭主政と寡頭政の場合、民主政はそれらに比べれば、ましである。

ましというだけで格段に良質でもなく、プラトンはデモクラシーには欠陥があると考えていた。事実、彼の場合、デモクラシーを根本的に否定する方向へ向かう。ソクラテスの死(前399年)の責任は、デモクラシー(多数派支配)にあると考えていたからである。

ここで改めて確認しておくと、デモクラシーの原理とは多数決原理を意味する。「民主主義」の語訳で知られるデモクラシーは「多数派支配」を意味する。

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3.デモクラシーの後に何を置くか
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以下では、プラトンの「哲人王」と、アリストテレスの「王政回帰」を扱う。ここで、デモクラシー批判がそのまま無支配へ進むわけではなく、より優れた支配者を求める方向へ進んだことを示す。

王政 (monarchy)、僭主政 (tyranny)、貴族政(aristocracy)、寡頭政 (oligarchy)、良民政 (polity)、民主政 (democracy) 。

プラトンは、以上のような比較の上で、この6つの政治システムとは別に第7の政体を提案した。その考え方は、ソクラテスのような哲学者が統治するときに理想の国家ができるというもので、これは「哲人王」による統治形態である。

他方アリストテレスは、王政→僭主政→貴族政→寡頭政→良民政→民主政のあと、再び王政に還るとする循環論を唱えた。これは民主政によって衰退したポリスに、人並み外れた徳をもつ指導者が現れ、ポリスを再興する(=王政に還る)というものである。

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4.支配の揚棄 —支配から無支配へ—
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対して『哲学の起源』では、哲人王でも王政復古でもなく、「イソノミア」という理念が提案される。ここでソクラテスは、イオニアの思想と政治——イソノミア(無支配)——を回復しようとした最後の人であることが示される。

ところが、当のソクラテスのこうした思想とは異なり、プラトンはソクラテスの名を借りて、哲人王による支配を説いてしまう。

そこを『哲学の起源』では、次のように記している。

「ソクラテスにおけるイソノミア(無支配)の追求は、プラトンにおいて哲人王による支配に転化された」と。

すなわち、プラトンのなしたことは「『支配』の揚棄ではない」——。

つまり、こういうことである。
「デモクラシー」は多数派支配である。しかし、その欠陥への応答を哲人王による支配に求めても、それは支配を別の支配に置き換える政治構想であって、支配という構造は残る。

『哲学の起源』がソクラテスに見いだすのは、別の支配者による統治ではなく、イソノミア=無支配である。

ソクラテスの対話は、政治的な公的領域とも、家事労働の場である私的領域とも異なる、コイノス(κοινός)という第3の場で行われていたという。そこは市民だけでなく、外国人、女性、青年、奴隷などからも構成される多様な交流の場であり、公職に就いて行う公務の場ではないが、共同活動を営む生活の場であった。

「デモクラシーの欠陥」を述べるのみなら、民主政から哲人王へ進んだプラトンも、なお「支配」の枠内にいた。この限界の先に、イソノミアとコイノスという別の政治的・社会的関係が提示される。

デモクラシーの欠陥を、優れた少数者または単独者の支配によって克服しようとするのか。
支配を前提とした政治システムそのものを問い、無支配としてのイソノミアを構想するのか。

ここに示されているのは、支配を別の支配に置き換える政治構想と、支配そのものを揚棄する構想との差である。


参照:柄谷行人『哲学の起源』(岩波書店, 2012年) 214–216頁。
脚注:デモクラシーに欠陥があるとする見解はプラトン、アリストテレス(Aristotle, BCE 384-322)、ホッブス(Thomas Hobbes, 1588-1679)、ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)らにも見られる。

クセノフォン(Xenophōn, BCE 426-355)。ソクラテスの弟子。

第7の政体とは、ソクラテスのような哲学者が統治するときに理想の国家ができるというもので、これは「哲人王」による統治形態である。柄谷の論述に拠れば、世界史上の事例として——古代政治思想から近現代史へ移るが——、ボルシェヴィズム(レーニン主義)がそれに該当し、ソ連邦崩壊とともに「哲人王」の理念は消滅したとされる。

イソノミア〔GK  isonomía〕iso- ísos: equal + nomos: law, usage, custom.

コイノス(κοινόςまたは コイノン(κοινóν

λανθάνω(ランタノー)

井筒俊彦です。今日は1つのギリシア語を入口に、「気づき」について、考えてみたいと思います。

いわゆる主客未分は、ここでは問いません。主客が分岐・対立している通常の経験的意識に、対象認知が起こる場合、そこへのアプローチの仕方は、言語慣用の規制力によって、つねに強力に限定され、方向づけられます。

たとえば、ギリシア語に λανθάνω(ランタノー)という動詞があります。今まで気づかなかった、というような意味でよく使われる動詞ですが、慣れないうちは、その用法がなんとなく不自然に感じられます。日本人の現在の言語慣用に反するからです。

「私はXに気づかずにいた」と日本人ならごく自然に使うところを、昔のギリシア人は「Xが私から隠れていた」と言う。主体の能動的動きに焦点を合わせるか、客体のあり方を強調するか、存在意識のパタンのちがいなのですが、そのいずれに優位を認めるかによって、認識論はもとより、形而上学も真理論も、決定的に異なる色合いを帯びてくることが、当然、予想されます。

「ランタノー」は、何かが隠れている、隠されている、状態を意味します。だから、私はそれに気づかない。

世界はランタノーで満ちています。

世界はランタノーにあふれ、「Xは私から隠れている」。ですが時として、突然、覆いが取り払われることがある。ふと何かに気づき、その意外性が心を撃つ。それをアリストテレスは「驚嘆」と呼び、「驚嘆」こそフィロソフィーの始まりである、と言うのです。なぜそれが、フィロソフィーの始まりなのでしょうか。彼によれば、驚きは、問いを生み、それは知的な自己展開を生み出すからだ、というのです。

「気づく」とは、存在にたいする新しい意味づけが起こることを言います。一瞬の光に照らされ、いままで意識されていなかった存在の一側面が開顕し、それに対応する主体の側に詩が生まれる。「気づき」をもたらしたきっかけがどんなに微細、些細なものであっても、こころに沁み入る深い詩的感動につながることがあるのです。

芭蕉の俳句にはそれが目立ちますね。「山路来て」「薺花(なずな)さく」「道の辺の木槿(むくげ)」をはじめ、その例は無数。このような、ふとした「気づき」の累積を通じて、存在の深層を探ってゆくのです。

さて、アリストテレスの場合、「驚嘆」は「問い」になり、原因と本質の探求へと向かっていきます。ところが、同じく「気づき」による「驚き」でも、日本詩人の場合はちがいます。それは彼を新しい知的発見に向かって進ませるよりも、むしろ「主客を共に含む場」にたいする、意識の実存的深化に彼を誘うのです。

もう少し別の言い方をしてみましょう。「気づき」は、ここでは、新しい客観的対象を客観的に把握することではありません(not discovery)。むしろ、それは、「意味」生成の根源的なトポス(場所)である、下意識領域のなかで、新しい「意味」結合が起こることです。「気づき」は、日本的意識構造にとっては、そのつど、そのつど、新しい「意味」連関を創りだしていくことであり、新しい存在事態の創造を意味するのです(invention)。「気づき」の意外性によって、下意識領域に潜む、無数の意味関連の流動的ネットワークに、微妙な変化が起きるのです。

「主客を共に含む場」にたいして、新しい「意味」の連鎖連関、あるいは意味の生態系を創りだしていく。古来、日本人は、この種の体験に強い関心を抱き、研ぎすまされた美的感受性の冴え、を示してきました。

これは、日本的精神文化そのものを特徴づける創造的主体性の、決定的に重要な一局面、ということができるのです。


参照:井筒俊彦 2009『読むと書く』 慶應義塾大学出版会

設樂剛事務所