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水は、科学の文脈では H₂O と記述され、宗教の文脈では聖水として扱われることがある。同一の対象であっても、置かれる文脈によって、意味づけや解釈のされ方が変わる。関係主義の観点では、対象は一つの文脈に還元されず、複数の文脈において異なる相を示す。学的事実、歴史的事実、法的事実、社会的事実、心理的事実、哲学的事実といった事実の区分も、こうした文脈の差異を示すものとして現れる。
水は、科学の文脈では H₂O と記述され、宗教の文脈では聖水として扱われることがある。同一の対象であっても、置かれる文脈によって、意味づけや解釈のされ方が変わる。関係主義の観点では、対象は一つの文脈に還元されず、複数の文脈において異なる相を示す。学的事実、歴史的事実、法的事実、社会的事実、心理的事実、哲学的事実といった事実の区分も、こうした文脈の差異を示すものとして現れる。
Harry Woodwardと Steve Buchholの『アフターショック Atershock』では、大きな衝撃を受けた後、すなわち環境の変化に対する、人間の4つの反応を取り上げている。
その4つとは、無関心、自己喪失、方位喪失、憤慨である。
無関心(apathy)は、生活や世界への関与の欠如を意味し、存在の意味や目的を失った状態を指す。
自己喪失(loss of self)は、個人が、自己アイデンティティや本来的な欲求を見失い、他者や社会の期待に埋没した状態をいう。
方位喪失(disorientation)は、人生や集団の方向性や目標、どこに向かうか判らない状態である。
憤慨(indignation/resentment)は、不正や不条理に対する強い感情であり、適切に処理しない場合、建設的な行動を妨げ、自己破壊や他者との関係悪化をもたらす。
これらは現代のような、しばしば危機の時代や変化の時代(the Age of Crisis and Change)と呼ばれる転換期に、顕著に表れる。
それは個人の次元はもとより、より集合的な単位、すなわち集団、組織、社会の次元、そして市場や国家や公共圏に及ぶ。
以上との関連で重要なのは3章で、ここで集中的に取りあげているのは、変化の3フェイズ、すなわち「終結期・過渡期・新生期」についての構造分析である。
「始め、中間、終わり」という並びではなく、「終わり」から始まっている。
ひとは何かを始めたがるが、そのまえに、まず終わらせなければならないことがあり、繰り返してはならないことがある。始まりは、その後にやってくる。
耳を貸さない者同士のエセ対話が跋扈するだろう。
体裁だけの、名ばかり対話を払拭して、実質的な対話効果を追求することは、対話の実践における中核的課題であり、全人類的な課題である。
恐怖支配を敷いた独裁者スターリンが、再び英雄に祭り上げられている。ドナルド・トランプ大統領の誕生が、多くのアメリカ人にとって青天の霹靂(へきれき)だったように、ソ連時代を知る人にとって、スターリンの復権はまさかの展開だと言われる。
とはいえロシアには、強権的な指導者を求める国民感情が根強く存在する。ノースウエスタン大学教授のゲイリー・モリスンによれば、ロシア人にとって90年代の民主化の試みは、大国の栄光の歴史から逸脱した混乱でしかなかった、という。
ソ連時代を懐かしむ風潮が高まるなか、プーチンの登場は、「母なるロシア」への回帰願望をうまくつかみ、多くの国民に熱狂的に歓迎された。民主主義よりも、大国主義への回帰というわけである。
スターリンの復権は、プーチン大統領が長年温めてきた構想だ、といわれている。スターリン時代を知る高齢者が次々に亡くなっていることに加え、独立系メディアがロシアにはほとんど存在しないことも手伝い(#1)、ロシア政府は、歴史を自在に歪曲できる。このことも、高まるスターリン人気の背景として指摘されている。
いまや独裁者スターリンは「歴史上もっとも重要な人物」に選ばれるまでになっている(#2)。ロシアが欧米に対して敵対的な姿勢を強め、核戦争を含めた脅威が現実味を帯びつつある背景に〔強いリーダー待望論〕と〔大国主義の物語〕の高まりがあることを見逃してはならない。
reference material: Newsweek, August 1, 2017, p.19
#1 この投稿から4年後の2021年、ロシアの独立系リベラル紙「ノーヴァヤ・ガゼータ(Novaya gazeta)」の編集長ドミトリー・ムラトフ(Dmitry Muratov)氏に、Nobel Peace Prizeが授与される。
#2 ロシアの独立系調査機関レバダセンターの最近の世論調査。
革命は夜明けを意味しない——
革命のパラドクスを一言で要約すればこうなる。
人間社会の観察者A. トクヴィル(A. Tocqueville, 1805 – 1859)は、かつてこう見抜いた。「革命は旧体制を撤廃しない。むしろ拡充する」と。
彼が指摘したように、フランス革命後に残ったのは、あいかわらずの官僚制支配だった。政治、経済、学術、芸術の中心地は、パリに残ったままであった。
ロシア革命がもたらしたものも農奴制であり、秘密警察であり、融通の利かない官僚制度だった。
つまり、ロシア革命を推進した自由主義者たちがもっとも嫌悪したもの、すなわちツァー体制の中核は、したたかに温存されたままであった。
そしてこのことは、毛沢東の文化大革命についても該当する、ということができる。
これこそがまさに、革命という神話であり、「革命は夜明けを意味しない」というパラドクスである。
ここでトクヴィルによって指摘されたのは、革命という言葉のもつ甘美なイメージに反して、急進的な社会変革の限界であった。
フランス大統領選は、5月の決選投票を前に「右でも左でもない」中道派が大躍進している。その顔となるのがエマニュエル・マクロンだ。極右政党・国民戦線の党首ルペンを破るとの情勢分析も現れている。しかし、ここには「右でも左でもない」ことの苦悩があり、大統領当選後に待ち受ける「試練」があるという。何かと思えば、それは、続く6月に行われる議会選挙で「右と左」、すなわち既存政党と闘わなければならないことを指している。右とは共和党であり、左とは社会党である。
大統領になったからといって辣腕を振るえるわけではない。大統領権限の多くは首相の支持を必要とし、首相の任命は議会の同意を要する。よって、議会で過半の議席を得られなけば、大統領として真の政治力を手にしたとは言えない。Newsweekは、マクロン率いる政治グループ「前進!」が、自らのアイデンティティを確立して、議会で過半数を取れるか? と問うている。過半数を取れなければどうなるか。左右どちらかと連立を組むことになる。この関係に身動きがとれなくなれば、「右でも左でもなく、前進を」との大義が損なわれるという。
「世界は3項構造でできている」とする認識論では、〈中間〉というのは立派な存在項だが、右か左でなければ明確なアイデンティティを確立するのに苦労するだろうというのは、世界は2項でできているという2元論が背後に控えている。両者の〈中間領域〉という存在は存在ではなく、何もないに等しい。
「どこからともなく現れた中道政党が、フランス議会で過半数をとった歴史はない」とフィリップ・マルリエール(ロンドン大学教授)は語る。だが「フランスではもはや左も右も時代にそぐわないし、中道派はいまや強力な新勢力となっている」 「今後の展開は読めない」とマルリエールは続ける。だが言えるのは、中道派が大統領に当選すれば「フランスの政治が再構成される」ということだ。中道派マクロンの大統領選出は、フランスは未知の領域に突入することを意味する。
ここには、第3項である〈中間領域〉から環境を再構成していく「インターミディエイター」現象の萌芽が見られる。右と左という2分法のメガネでは見えにくい勢力。それゆえアイデンティティの脆弱性を問われてしまう存在のように書かれているが、そうではない。世界を3項構造で見る者からすれば、ここには極端さと単純さに代わるもうひとつの選択肢と、素朴な2分法を超えた新たな知性が示される可能性がある。
右派・左派という言葉の起源となったフランス政界で、そのどちらでもない勢力が現れた。インターミディエイターの登場は、2元論では支えきれない多元社会の必然である。だが、政治の世界に渦巻く狡猾さと厳しい勢力争いのなかで、中間領域から現れた新勢力は、右と左に引っ張られながら、まっすぐには歩けないだろう。しかしそれは、すでに行き詰まった政治=言語システムに新しい突破口を開くうえで不可欠な歩行である。未知の領域にふみこむ以上、有権者と、そしてその国の未来に思いをはせる人びとに届く、新たな言葉と物語が必要である。
reference: ジョシュ・ロウ+クレール・トゥレーユ「『右でも左でもない』苦悩」, Newsweek, 2017年4月25日号, p.36-37.
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『オデュッセイア』(全24歌) では、冒頭、神々の会議が開かれ、女神アテナAthēnāの発議でオデュッセウスを帰国させることが決定される。第5歌から話はオデュッセウスに移り、オデュッセウスは筏(いかだ)に乗って帰国しようとするが、ポセイドンの起こした嵐で難破する。第6~12歌は、オデュッセウスが物語る数々の冒険譚が、その大部分を占める。物語のほとんどすべては、隻眼(せきがん)の巨人キクロペスや、歌う魔女セイレンなどの怪異談である。第13歌でイタケに帰還したオデュッセウスは、テレマコスと忠義な豚飼いエウマイオスの協力を得て、自分がいないあいだに家族を苦しめた悪人(求婚者)たちを討ち、妻ペネロペイア、老父ラエルテスと再会。求婚者たちの遺族との対決も、アテネの介入によって回避されて、終わる――
「人類史上最高の物語り」とも呼ばれてきた この歌物語は、アテナという知恵ある媒介者(intermediator)によって、遺族にまでおよぶ報復 すなわち復讐の連鎖を断ち切り、幕を下ろす。