shidara press

Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」の探究—

次代の担い手はどこにいるのか

「大企業の中にいる人たちを どうこうするのではなく、その外側にいる人たちに火をつけたほうがいいです」

先だって研究会でこんなやりとりがあった。参加者のおひとりが いわゆる大手日本企業の執行役員なのだが、彼がそう言うのである。彼は続ける。

「意欲的な人たちは、外に出ていますから。スタートアップの人たちなどは『生の息吹』を感じます」。

「これは確信に満ちたご意見ですね?」と言うと、「はい」と彼は応えた。

この日は、 H. ベルクソンの「エラン・ヴィタール(生の飛躍)」を取りあげた会だったから「 生の息吹 」という言葉が出てきたのだろう。この先10年後の日本経済はかなり厳しくなるだろうけど、変化と創造の担い手がどこにいるのか、もうはっきりしていると思うんだよね。

人間について

岡本太郎が、芸術家らしく明晰な言葉でこれからの日本について語ったとき、「 岡本先生、日本のためにはあなたのようなヒトが必要なんだ! 」と語ったヒトがいたが、彼は結局なにもしなかったことが歴史上知られている。

note: 岡本太郎(1911-1996)

崇高な思想

崇高な思想も 長々と話せば 寝言になる。

深層の地殻変動

現在私たちの生きている世界では、明らかにひとつの大きな 〈知の変貌〉 が起こってきている。それが全体としてどういうものであるかは、その変動そのものの中に私たちがいるので、容易にはとらえにくい。しかし、ある大きな変貌が 〈知〉 に起こっていることは、多くの人びとによって感じられている。それはイデオロギーの変化でもなければ時代思想の変化でもなくて、もっと基礎にある根本のもの、私たちの考え方や感じ方の前提となっているものの変化である。

身体、言語、時間、制度などの基本問題に人びとの関心がつよく向けられ、文化や人間や歴史の諸問題をそのような基底からとらえなおすことが、いろいろなかたちで試みられている。

中村雄二郎

reference to this page: 中村雄二郎『知の変貌 —構造的知性のために—』弘文堂, 1978, p.i.

A Definition of Philosopher

Philosopher は、いかなる観念共同体の市民ではない。
そのことが、彼を philosopher たらしめる。

L. J. J. Wittgenstein

On Narrative (2)

Your narrative gradually fixes your thought. Is it your belief or old, stubborn idea?

On Narrative (1)

We live in narratives.

社会科学のはじまり

社会科学思想の源泉は、啓蒙思想に求められる。これは17世紀から18世紀にかけてまずイギリスで成立し、次いでフランスに広まった。このなかには、

ⅰ イギリスにおける近代市民革命の理論的裏づけを準備したT. HobbesとJ. Locke

ⅱ これを受け継いで、経験主義的・合理主義的な人間性論にもとづく道徳哲学を構築したD. Hume、B.de Mandeville、F. Hutcheson、A. Smith、A. Fergusonなど、

ⅲ また、これらイギリス啓蒙思想の流れをフランスに導入して、フランス革命に法・政治思想的な面からの裏づけを準備したC. de S. Montesquieu

ⅳ 人間の理性が、非合理的な要素をひとつずつ取り除いて、合理主義に向けての人間精神の「進歩」を実現していくと考えたM. de Condorset(理性主義的進歩史観)

ⅴ イギリスのA. Smithに先行して、経済における自然的秩序の形成を理論化した F. Quesney および A.R.J. Turgot、

ⅵ Condorsetの理性主義的進歩史観を実証的科学主義へと方向づけたSaint-Simon および A. Comte などが含まれる。

ここにあげた名前のうち、最も古いのはHobbesである。その主著『リヴァイアサン』(1651)を最初の社会科学書と考えれば、近代社会科学の起源は、17世紀中盤あたりにまでさかのぼりうる。しかし、Hobbesの国家契約思想そのものはまだ絶対王政の産物であった。そこで、これをひとまず除外して考えるとすると、近代市民社会の理論として最もはやいのがLockeの『統治二論』(1690)、そして Hume 以下イギリスとフランスの啓蒙主義思想家がいっせいに活動したのは18世紀、Saint-SimonとComteの実証主義の登場は19世紀になってからのことである。つまり、18世紀を中心として、17世紀後半と19世紀初頭をふくむ時期が、社会科学の確立期とみなされる。

reference to this page: 富永健一『現代の社会科学者』講談社学術文庫, p. 28-29をもとに編集・作成。

言葉の採集

わたしは絶えず、言葉を追い求めている。

そのプロセスはこうだ。毎日わたしは籠をもって森へ行く。木の上、茂みの中、地面、実際には道路上、会話の最中、読書中など・・、まわりのいたるところで言葉がみつかる。それをできるだけたくさん拾い集める。だがそれでも足りない。

わたしは集める。なんだかわからない言葉も、簡単にわかるけれどもっと知りたい言葉も拾い集める。英語に同義語のない美しい単語も集める。いろいろな状況を描写するため、大量の形容詞も集める。まず役にはたたない無数の名詞と副詞も集める。

1日が終わる。籠は重く、あふれるばかりになっている。わたしは満ち足りて豊かになり、生き生きとしていると感じる。けれども、森をでてみると、ほんの一握りの単語しか残っていない。大部分は消えてしまう。空気中に蒸発し、水のように指のあいだからこぼれ落ちてしまう・・・。

がっかりする。だが意欲を失うことはない。それどころか決意が高まるのを感じる。翌日わたしはまた森へ行く。

だが十分ではない。たくさんの単語を手帖に寄せ集めるだけでは。満足もできない。わたしはそれを使いたい。集めた単語とつながりをもちたい。単語がわたしの一部になってほしいと思う。

reference to this page: ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』中嶋浩郎 訳 p.34-36より編集・作成。note: Jhumpa Lahiri(1967− )デビュー作は,  Interpreter of Maladies (1999). In Altre Parole (2015) published in English as In Other Words (2016)./Lahiri said : When I first started writing I was not conscious that my subject was the American-Indian experience. ( Newsweek, 3/5/2006 )

復活する大国主義の物語

恐怖支配を敷いた独裁者スターリンが、再び英雄に祭り上げられている。ドナルド・トランプ大統領の誕生が多くのアメリカ人にとって青天のへきれきだったように、ソ連時代を知る人にとって、スターリンの復権はまさかの展開だと言われる。

とはいえロシアには強権的な指導者を求める国民感情が根強く存在する。ノースウエスタン大学教授のゲーリー・モリスンによれば、ロシア人にとって90年代の民主化の試みは、大国の栄光の歴史から逸脱した混乱でしかなかったという。

ソ連時代を懐かしむ風潮が高まるなか、プーチンの登場は「母なるロシア」への回帰願望をうまくつかみ、多くの国民に熱狂的に歓迎された。民主主義よりも大国主義への回帰というわけである。

スターリンの復権は、プーチン大統領が長年温めてきた構想だといわれている。スターリン時代を知る高齢者が次々に亡くなっていることにくわえ、独立系メディアがロシアにはほとんど存在しないことも手伝い、ロシア政府は歴史を自在に歪曲できる。このことも、高まるスターリン人気の背景として指摘されている。

いまや独裁者スターリンは「歴史上もっとも重要な人物」に選ばれるまでになっている(✽)。ロシアが欧米に対して敵対的な姿勢を強め、核戦争の脅威が現実味を帯びつつあるなか、こうした大国主義の物語と「強いリーダー待望論」が高まっている。

環連リンク:強いリーダー待望論の意味

reference to this page: Newsweek(2017.8.1)p.19より編集・作成 note: ✽ロシアの独立系調査機関レバダセンターの最近の世論調査。

error: Content is protected !!