shidara press

Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

カテゴリー: HISTORY

革命のパラドクス

by

革命は夜明けを意味しない——
革命のパラドクスを一言で要約すればこうなる。

人間社会の観察者A. トクヴィル(A. Tocqueville, 1805 – 1859)は、かつてこう見抜いた。「革命は旧体制を撤廃しない。むしろ拡充する」と。

彼が指摘したように、フランス革命後に残ったのは、あいかわらずの官僚制支配だった。政治、経済、学術、芸術の中心地は、パリに残ったままであった。

ロシア革命がもたらしたものも農奴制であり、秘密警察であり、融通の利かない官僚制度だった。

つまり、ロシア革命を推進した自由主義者たちがもっとも嫌悪したもの、すなわちツァー体制の中核は、したたかに温存されたままであった。

そしてこのことは、毛沢東の文化大革命についても該当する、ということができる。

これこそがまさに、革命という神話であり、「革命は夜明けを意味しない」というパラドクスである。

ここでトクヴィルによって指摘されたのは、革命という言葉のもつ甘美なイメージに反して、急進的な社会変革の限界であった。

 

技術力と行動力だけでは不十分

by

1956年、彼はコンピュータが普及する前に、この世を去った。しかし彼は、亡くなる40年ほど前に「データ処理」なるものについて語っていた。当時ほとんどの人びとが理解できなかったことだ。彼が経営者として発揮したのは「新しい認識」であった。それによって、誰も注意を払わず、したがって誰も知らず、誰も活用しようとしないものを、ビジネスの次なる領域としたのである。その後、同社は大きく躍進する。 

これは〈新しい認識〉と〈起業家的な行動力〉と〈技術力〉とが組み合わさることで、未来の経済、社会、文化がおおきく変化していく可能性を物語るものだ。ここに登場する「彼」こそ、IBMの初代社長トマス・ワトスン・シニア(Thomas John Watson Sr, 1874-1956)であった。

小さな専心が生んだ効果

by

マッチ箱に、つねに50本のマッチ棒を詰める。たったそれだけの着想に専念することによって、マッチの自動補充技術が開発された。事実、このイノベーションを実現したスウェーデンのマッチ・メーカーは、約半世紀にわたって世界のマッチ市場を独占することになる。その出発点は、冒頭に書いたように「50本のマッチ棒を詰める」という小さな専心であり、「産業界に革命を起こす」などといった大がかりな発想ではなかった.