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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

方法としての「対話」

投稿者: shidarapress

近代社会、とりわけ近代産業社会の特色は、与える側(供給サイド)と、受ける側(需要サイド)が、はっきりと別れていたことでした。生産者と消費者、売り手と買い手、自治体と市民、教師と学生、芸術家と鑑賞者、医師と患者など、というようにです。

これに対して、現代社会の特徴は、こうした素朴な2分化ないし2極化が終わり、一方的な説得、情報発信、商品生産と販売促進(売り込み)が、かつてほどの有効性を失いつつあることです。代わって、受け手と与え手が目線をあわせ、相互に関わりあい、より望ましい結果や効果、そして予期せざる新たな成果を生み出そうとするアプローチとして、方法としての「対話」が、あらためて重要視されるようになってきました。

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設樂剛事務所

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方法としての「対話」

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近代社会、とりわけ近代産業社会の特色は、与える側(供給)と、受ける側(需要)が、はっきりと別れていたことであった。生産者と消費者、売り手と買い手、自治体と市民、教師と学生、芸術家と鑑賞者、医師と患者など、は、その一例である。

これに対して現代社会の特徴は、こうした素朴な2分化ないし2極化が終わり、多様性がクローズアップされるようになったことである。多様性とは、同質性ではなく異質性を前提とする。だから一方的な説得、一律の情報発信、標準化された商品生産と強引な販売促進(売り込み)が、かつてほどの有効性を失うことになる。代わって重要視されるようになるのが、方法としての「対話」である。異質性を前提とする社会だからこそ、目線を合わせつつ自分の意見も言って、人の言うことにも少しは耳をかたむける。それが、より望ましい結果や効果、そして予期せざる新たな満足や成果を可能にする。課題解決や価値創造を担ううえで、対話的アプローチは、どの分野であれ必須である。顧客サイド(買い手、学生、鑑賞者、患者、住民、市民)も、お客だからと言って一方的な主張や要求を当然視しているようでは、その店のよき顧客にはなれないのである。

だが、こうした対話的規範の増大という傾向が見られる一方で、意図的・戦略的に世論操作しようとする勢力もいる。その最たる存在が、政府である。H.I.シラーは語っている。1.政府には、宣伝家としての顔、広報官としての顔、情報管理者としての顔がある。2.いつの時代、どこの国でも、情報を支配する者が政治を支配する。3.大衆操作が最大の効果を発揮するには、操作がなされている事実を隠さなければならない。大衆操作には、操作の存在自体をたえず否定する虚偽のリアリティ(いまならPOST-TRUTH、Alternative Facts)が必要である。4.政府、議会、裁判所、大統領など、政府を構成する各機関が、基本的に公平無私である、中立であると人びとが信じるほど、大衆操作はしやすくなる。5.情報技術の革新は、大衆操作の機能をますます高めるだろう。これは、インターネットの登場が人びとをエンパワーし(能力を増幅し)、権力の一極集中を解体し、より民主的な社会が到来するという神話に対するパラドクスとなる。

コミュニケーションの自由度が増したかに見えるいま、1.一方でそのコミュニケーション(何を話題にし、何をどう考えるか)それ自体を構造化し、方向づけている勢力がいる。そうした着眼点を提供したのがH.I. シラーであった。2.そのうえ「知識ギャップ(knowledge gap)」仮説を支持する者もいる。この仮説によれば、社会で流通する情報量が増大しても知識格差は解消しない。高学歴者は低学歴者よりも情報をよりよく吸収できるため、知識格差はむしろ拡大する。3.その時代ごとの「ニュー・メディア」を知的に使いこなせたのは、特権的な少数者にすぎなかった。4.メディア・リテラシー、すなわち「読み書き能力」の効用が、階級格差を解消しなかったという冷厳な事実を人は忘れるものだ。()

だからこそ、開かれた対話の死は、社会の死につながる。知的対話、創造的対話の担い手が一人ひとりが対話的に再構成していく動きが必要とされる。 対話的創造と大衆操作。「選挙は数である」限り、大衆を操作するほうが政府には好都合である。「多様性の中の対話」

note: H.I. シラー『世論操作』(Herber I. Schiller, The Mind Managers, 1973)/大衆操作=原文は mind managementなので「人心操作」と訳してもよい。訳文では「精神管理」という日本語が充てられている。「健康管理」という言葉がそれなりに肯定的な意味をもつとすると、人心操作のような、より作為的な語感をもつ訳語を採用してよいだろう。Managementもmanipulationもman(〔L.〕 manus=手)という共通の語源をもつ。/シラーもベルも1919年生まれで, 前者は2010年に後者は2011年に他界する/D.ベル『イデオロギーの終焉』(Daniel Bell, The End of Ideology, 1960)『脱工業社会の到来』(The Coming of Post-Industrial Society, 1973)

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