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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

イリアス 全24歌

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『イリアス』は、全24歌。合計約1万6000行からなる長編叙事詩です。この詩は、トロイア戦争全般を扱ったものではありません。本作は、ギリシア軍きっての将軍アキレウスの怒りと、その結果起きたできごとだけを扱っています。

ホメロスの叙事詩

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ホメロスの叙事詩は、誰に対して創られたのか。

それはイオニアの市民たちに向けてである。柄谷の解釈によれば、
1.ホメロスの叙事詩は英雄たちの戦争を描いた武勲詩であるにもかかわらず、実際はそれに対する否定に満ち満ちている。

2.ホメロス叙事詩は、戦士あるいは貴族階級の「英雄礼賛」のイデオロギーとは無縁だった。

3.だから、ホメロス叙事詩は際限のない抗争に対する批判の書ということになる。

たとえば、として次のような例を挙げている。

『イーリアス』の最後で、アキレウスはヘクトールを殺したあと、それ以上の報復を断念する。また『オデュッセイア』では、もはや英雄は描かれない。

オデュッセウスは一介の外国人として放浪し、乞食として帰還する(流浪の父の帰還)。そして彼は、自分がいないあいだに家族を苦しめた敵に報復をする。

だが、報復を敵の親族にまで広げることは断念する。いずれの作品も復讐の連鎖を断ち切ることで終わっている、としている。

では復讐の連鎖は 何によって断ち切られたのか。  [ 次へ ]

ホメロスの叙事詩

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ホメロスの詩作法

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ホメロス(前750年頃)やヘシオドス(前700年頃)の作品は創作というよりも、その前から伝承されたギリシア神話に基づくものだと柄谷は述べている(p.75)。といってもただ引き写したのではなく、オリンポスの神々は彼らによって創られ、ギリシア人たちは、ホメロスやヘシオドスを通して神話を学んでいったらしい。彼らの詩作はイオニアで発達した文字で記されることで、やがてギリシア全土に広がり、多くの人びとに共有される教養的基盤となったそうだ。

ソクラテスの問答法

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柄谷行人です。ええと、ぼくは『哲学の起源』という本を2012年に書きまして、そのなかで「ソクラテスの問答法」について取りあげました。197ページあたりですね。そう、そこです。はい。で、ソクラテスの問答は、通常「対話」と呼ばれるものとは異質であるとぼくは考えているんですね。それは、異なった意見をもつ者が話しあい、説得しあうといったものではまったくないからなんです。だって、ソクラテスは「問うだけ」なんですから。ソクラテスの問答法は、プラトンの著作を通じて知られているのですが、実際それは、プラトンの「対話」に書かれたようなものではなかったと思うんです。プラトンは、問答がまるで一定の終わりといいますか、一定の目的に向かって進んでいくように書くわけです。そうした対話は、実際のところ自己対話です。要は、内省であって、他者との対話とは言えません。他者との対話は、こんなに都合よく完結するはずはないんですよ。

ソクラテスの「対話」は、まあ、そう呼んでいいならですけれど、彼の対話の特徴は、対話者の関係の非対称性にあるんですよね。これに類似するのはフロイトです。彼の創始した、精神分析における患者と分析医の関係ですね。これは「対話」療法と呼ばれます。通常の対話とは異なります。これは患者の「自覚」を引き出す産婆術に近いんですよ。

ただ、ソクラテスの問答法というのはけっこう強引だったわけです。ディオゲネス・ラエルティオスはこう書いています:

ソクラテスの議論はますます強引なものになっていた。だから彼は人びとからげんこつで殴られたり、髪の毛を引っ張られることもしばしばであった。

どうやらソクラテスの問答法は、相手の側に、過度の転移や抵抗をもたらしたことが想像できるわけです。ソクラテスという人は、アゴラと呼ばれる広場や市場に行って、誰彼となく話しかけるんですね。そこから問答が始まっていく。これはなかなか注目すべきことです。彼は民会に行く代わりに市場に行った。というのも、市場というのは決して公人にはなりえない人たち、まァつまり、外国人、女性、奴隷がいたわけです。民会にはデモクラシーがあるとすれば、広場や市場にはイソノミア、つまり自由がありました。アテネでは、広場・市場にしか自由はありえなかった、といっていいんですね。ですから、もっぱら広場のほうで活動することで、ソクラテスはそうと知らずに、イオニア的な思想を回復させていったわけです。

それとソクラテスは、かつて誰もやったことのない方法をとりました。それが一人ひとりとの問答です。彼は聴衆全体に向かって語ることはありませんでした。こうした問答のプロセスで、ソクラテスはただ「問うだけ」です。積極的なことはおよそ何もいわなかったんですね。どんなに相手がたくさんいても、一人ひとりと問答しました。彼は自ら編み出した問答法を「産婆術」と呼んでいました。人に教えるのではなくて、相手の思い込みを払拭して、もうひとつの認識に到達することを助けようとしたわけです。

 

 

 

 

vegan

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完全菜食主義者《 肉・魚のほか牛乳・チーズ・タマゴも含め、動物性の食物をまったく摂らない》cf. vegetarian ; 革など動物を材料とする製品を使わない人 。veganism, veganist: a person who does not eat or use animal products

初19C: veget 〈野菜〉, 1944 vegetarianが短縮

wonder

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wonder. 古英語 wundor. ドイツ語 Wonder と同語源。中期英語 wondered, 古英語 wundrianの派生語。[奇跡]の意。

  1. a feeling of amazement and admiration, caused by something beautiful, remarkable, or unfamiliar   /   a thing or a quality of something that cause wonder
  2. a person or thing regarded as very good, remarkable, or effective

多層的に語るストラテジー

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人生の否定的側面と肯定的側面の双方を、矛盾を恐れず、むしろ一見矛盾に見えるものを人生の豊かな多層性として描いていくのが、本小説『息子と恋人』の語りのストラテジーである。この小説には、人生のさまざまな悲しみと喜びが、異性愛ばかりでなく同性愛的なものも含んだ愛の根源的衝動が、そして、愛だけでなく、人生の戦いが描き込まれている。『息子と恋人』は、人生に当然のこととしてある悲劇にもかかわらず生きていく人間のたくましい姿が、滅びゆく人びとともに、多層的に描かれた作品と言うことができる。これは、20代後半の天才作家のみが書き得た、そこに人生のすべてがあるような豊かな小説だ。(D.H.ロレンス『息子と恋人』訳者あとがきより抜粋・編集)

グローバリゼーション・ファティーグ

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グローバリゼーションの終わりが始まった、と主張するエマニュエル・トッドは、その意味と背景を次のように語る。なお、標題の「グローバリゼーション・ファティーグ」とは《グローバリゼーション疲れ》のほか、グローバリゼーションがもたらす《苦役》など意味が複数含まれている。

「ヨーロッパをひとつに束ねようとする試みは、今や失敗であることが明らかになっていると思います。イギリスがEUを離脱した第1の理由が移民問題ではなく、英国議会の主権回復だったことが、出口調査の結果から明らかになっています。ですからこれは、EU本部が置かれているブリュッセル、あるいは、EUの支配的リーダーとなっているドイツからの独立だったわけです。

背景にあるのは、行き着くところまで行き着いたグローバリゼーションへの反発でしょう。ご存じのようにアングロ・サクソン国家のイギリスとアメリカは、グローバリゼーションを牽引してきたトップ2カ国です。結果として、経済的格差がもっとも大きくなっている国でもあります。イギリスは、いわゆる「サッチャリズム」と呼ばれる市場原理主義的な経済政策を、アメリカのレーガン政権に先駆けて導入しました。「ゆりかごから墓場まで」に象徴される、手厚い福祉に護られてきた国民に対して、「個人の力」を強調しました。ところが、自らが世界に打ち出したグローバリゼーションにもっとも苦しめられた結果、旧来的なナショナルな方向への揺り戻しを行ったわけです。

グローバリゼーションが進んだ結果、先進国の人びとは、多かれ少なかれ似たような精神状況に置かれています。各国に共通するグローバリゼーションによる疲労を、「グローバリゼーション・ファティーグ」と名づけたいと思います。今回の「ブレグジット(英国のEU離脱)」は、おそらく統合ヨーロッパ崩壊の引き金になりますが、それ以上に重要なのは、世界的なグローバリゼーションの終わりの始まりを示す現象である、ということです。またイギリスが、自ら先鞭をつけたグローバリゼーションからいち早く抜け出そうとしているわけですが、こうしたイギリスの国民国家への回帰は、歴史的にも最重要の段階であると言えます」

 

note: グローバリゼーション・ファティーグ( globalization fatigue ):グローバリゼーション疲れだけでなく、グローバリゼーションがもたらす《苦役》や《労役》や《不快な仕事》、《激しい競争や激闘》、その体現者である《長時間働く人》など、複数の意味が含まれている/市場原理主義(market fundamentalism)/経済格差(economic inequality)/レーガン政権(1981-1989)。1989年も、また別の意味で大きな歴史の変動期であった。国内では1月に昭和天皇が崩御、昭和の最後を迎えるが、他方海外では6月に天安門事件(中国)、同月ポーランドで自由選挙が実施され、東欧革命の先鞭に。この後、共産政権打倒の運動が各国で興っていく。10月、ハンガリーの一党独裁が終焉、11月にベルリンの壁が崩壊、同月ブルガリアで民主化が始まる。同月ビロード革命で共産党政権の崩壊(チェコスロバキア)、12月にルーマニア革命(24年間の独裁政権の終焉, 1965-89)。1990年、東西両ドイツが統一、1991年にソ連崩壊。《東欧革命》という用語は、広義では、バルト3国の独立運動、および1991年のソ連崩壊までを含む。1991年12月25日、ゴルバチョフはソ連大統領の地位を退くことを発表。ソ連は69年の歴史を閉じ、消滅/1990年、自由経済の象徴ともいえるマクドナルドがモスクワに開店/ブレジネフ(書記長在任 約18年)の死後、比較的短期間で病死したとされるアンドロポフ(在任 約1年3ヶ月)、チェルネンコ(在任 約1年1ヶ月)と続き、1985年に書記長に就任したゴルバチョフは《新思考》という言葉を用いて、ソ連邦を覆う古い物語(ナラティブ)からの脱却を推し進めようとした/1989年の東欧革命の端緒を開いたポーランドでの劇的展開には、ワレサ(or ヴァウェンサ)のほかにもう一人、ヤルゼルスキ(Wojciech Jaruzelski, 1923-2014)というキイ・パースンがいる。ノーベル平和賞を受賞したワレサに脚光があてられがちだが、ヤルゼルスキについて、映画監督の宮崎駿はこんな見方を語っている。「日本の役割を考えたときに僕が思い浮かべるのは、ポーランドのヤルゼルスキ—なんですね。ワレサが「連帯」で運動していたときの最後の大統領ですが、僕がヤルゼルスキーを立派な男だと思うのは、彼は「連帯」を弾圧していながら死者を出していないんです。事故で一人だけ死んでいますが、弾圧による流血の惨事を起こしていない。それでいながら、ソ連に対しても「俺たちはちゃんとやるから」という態度を見せ続けた結果、ソ連は結局ポーランドに介入しなかった。つまり彼は、「連帯」を抑える振りをしながら、じつはソ連を抑えていた。ソ連に介入させなかった最大の功労者は彼だと思います。記念碑を建ててもらえるような英雄ではないし、格好も良くはないけど、批判を一身に背負いながらなんとか危機をやり過ごしてくれるような人物。今の世界に必要なのは、こういう人じゃないでしょうか」(宮崎駿『折り返し点 1997-2008』p.292-93.)

新しさの意味

by shidarapress

新しさは流行とは関係がない。それは人を驚かせるものだ。G. Deleuze