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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

タグ: 革命

革命のパラドクス

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革命は夜明けを意味しない——
革命のパラドクスを一言で要約すればこうなる。

人間社会の観察者A. トクヴィル(A. Tocqueville, 1805 – 1859)は、かつてこう見抜いた。「革命は旧体制を撤廃しない。むしろ拡充する」と。

彼が指摘したように、フランス革命後に残ったのは、あいかわらずの官僚制支配だった。政治、経済、学術、芸術の中心地は、パリに残ったままであった。

ロシア革命がもたらしたものも農奴制であり、秘密警察であり、融通の利かない官僚制度だった。

つまり、ロシア革命を推進した自由主義者たちがもっとも嫌悪したもの、すなわちツァー体制の中核は、したたかに温存されたままであった。

そしてこのことは、毛沢東の文化大革命についても該当する、ということができる。

これこそがまさに、革命という神話であり、「革命は夜明けを意味しない」というパラドクスである。

ここでトクヴィルによって指摘されたのは、革命という言葉のもつ甘美なイメージに反して、急進的な社会変革の限界であった。

 

創業期のエスプリ

by shidarapress

当時あまりに画期的だった銀座の「テラス・コロンバン」。戦後の廃墟の中で、こうしたcaféを構える洒脱で文化力の高い革新型経営者がいた。門倉國輝である。リンク先にある仏文学者・渡辺一夫のエッセイには、顧客の観点からこの場所の記憶について綴られている。経営者なら必読。創業期のエスプリがいたるところで忘れ去られているように思う。

◉ 敗戦後、しばらくのあいだは、喫茶店が荒涼とした廃墟のなかで、魂のオアシスのような存在だった。一体、その日の食事にも事欠く東京に、コーヒーなどという贅沢なものが、どのようなルートで持ち運ばれたのだろうか。今でもわからない。しかし、なかには実に魅力的な構えを持つ店もあった。たとえば、交詢社ビルに近い銀座通りに面した「コロンバン」である。白く塗り立てた、フランス風の喫茶店が、焼けただれた銀座に復活したとき、私は思わず目を見張った。

私がいちばん惨めな気分になるのは、コーヒーを飲むだけの目的しかもたないような、あるいは商談だけが交わされているような、そんな店である。極論すれば、カフェハウスとはコーヒーを飲む場所ではない、とさえ言っていい。そう、コーヒーと引き換えに、精神的な、あるものを味わうところなのである。

シュテファン・ツヴァイクは回想する。「あらゆる新しいものに対する最良の教養の場は、つねにカフェであった。このことを理解するためには、ウィーンのカフェは、世界中の同種のものと比較できないような、格別の設備であることを知らなければならない。それは本来、一種の民主的な、一杯のコーヒーと引き換えに誰でもが近づけるクラブである。そこではどの客も、この少額の貨幣で何時間も坐り、議論をし、書きものをし、トランプに興じ、便りを受け取り、何よりも無数の新聞、雑誌を読み終えることができる。

フランスの場合、キャフェは、文学、芸術の孵化場になっただけでなく、革命の舞台裏の役割を果たすようになった。フランス革命を準備したのはキャフェだった、と言っていいほどである。イギリスではジャーナリズムの産みの親となり、フランスでは革命の拠点になり、オーストリアでは、文学、芸術の工房になったと言えるだろう。

reference to this page: 森本哲郎『ウィーン』1992, pp.51-2, 56, 58, 65-6より編集・作成. note: 門倉國輝(1893-1981)/シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig, 1881-1942)/渡辺一夫(1901-1975)『寛容について』筑摩叢書, 1972/銀座6丁目「テラス・コロンバン」1931年開業/

物語革命

by shidarapress

「 私たちがいま必要としているのは、おそらく新しい方向からやってきた言葉であり、それらのことばで語られるまったく新しい物語です 」村上春樹

設樂剛事務所

小さな専心が生んだ効果

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マッチ箱に、つねに50本のマッチ棒を詰める。たったそれだけの着想に専念することによって、マッチの自動補充技術が開発された。事実、このイノベーションを実現したスウェーデンのマッチ・メーカーは、約半世紀にわたって世界のマッチ市場を独占することになる。その出発点は、冒頭に書いたように「50本のマッチ棒を詰める」という小さな専心であり、「産業界に革命を起こす」などといった大がかりな発想ではなかった.