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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

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Narrativeの2重の意味あい

by shidarapress

「ナラティブ」という言葉には「物語」と「物語り」という2つの意味が含まれています。送り仮名をつけて「物語り」にすると、動作をあらわすようになって、物語を語る行為を指します。ストーリーではなく、ナラティブと言うことで、もっと動的な語感が出ます。語り出すこと(物語の誕生)、語りつづけること(物語の継承)、語り合うこと(物語の共有)、語り直すこと(物語の刷新)、どれも「物語り」であって、時代時代の語り部たちによって、物語の発生・形成・派生・混成・再生が左右されてきました。「ナラティブ」という用語によって、〝物語〟という語られたもの(story)と、物語を語ること(story-telling)、この両面を同時に表すことができます。

◉関連リンク Becomingとしての人間エンパワーメント方法としての「対話」ナラティブ・アプローチ

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当事者の眼と観察者の眼

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ソーシャル・マーケティングという「実践の知」では、いわば2つの眼を使いこなす重要性が説かれます。2つの眼とは、課題を解決し、変化を起こしていく「当事者の眼」と、その変化プロセスを見つめながら記述し、語っていく「観察者の眼」を指します。より望ましい成果を生み出すために、この2つが同時に、ないし交互に働いていることが必要不可欠です。

◉関連リンク 方法としての対話強いリーダー待望論の意味「ブラーリング」現象

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病とはプロセスの停止である

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病とはプロセスの停止である。ドゥルーズはそう言う。経営のプロセス、政治のプロセス、そして学習のプロセスなど‥、それらの停止は、すなわち病に陥った状態を意味する。第3カーブ・マーケティングは、さまざまな分野と次元で見られるこのプロセスの停止を、再び動的なものにしようと試みる。

◉関連リンク Becomingとしての人間エンパワリング強いリーダー待望論の意味方法としての「対話」

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強いリーダー待望論の意味

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先々の見透しがわるい時代には、強いリーダー待望論が登場してくるようです。カリスマ待望論といっても構いません。

しかしリーダー待望論の背後には、強いリーダーが閉塞状況を打ち破ってくれるのであって、自分自身は変化の場には関与しないという、いわば当事者回避願望が隠れていることが少なくありません。強いリーダー待望論はやがて、強いリーダーへの依存体質を生み出すとともに、消極的な指示待ち人間の増加、「当事者」の不在、カリスマ頼み、ひいては個人崇拝・神格化の温床に。

◉関連リンク1 インターミディエイター講座
◉環連リンク2 エンパワーメントモノいわぬ顧客たちの変貌当事者の眼と観察者の眼

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Becomingとしての人間(human becoming)

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ある文献によれば、CEOのなすべきことは「最高の人材を探し出して、採用し、離職を抑制すること」だといいます。一見よさそうに聞こえますが、ちょっと注意したいのは、はじめから最高の人材などどこにもいないということ。人は、役割意識をもち、課題解決の場に参加するプロセスをつうじて、最高の人材に「なる」もの、そう考えるのがBecomingとしての人間観といえます。

◉関連リンク エンパワーメント病とはプロセスの停止である

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エンパワリング(empowering)

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生活(or ビジネス)の当事者が、未来にかけて自らの生活(or ビジネス)を改善ないし、つくりなおすことを目指し、対話と協働を通じて、課題解決力と価値創造力を開発していく、継続的かつスパイラルな共同学習プロセス。人間開発、学習力開発、自律化の支援・奨励を含意。「学生の――、ビジネスマンの――」「教育から、――へ」

類語】エンパワーメント(empowerment)、メンタリング(mentoring)

関連語】 変化の経験(experiences of changing)、
共同学習(co-learning)、
人間開発(human development)、
再人間化・人間回復(re-enchantment)、
ナラティブ・アプローチ(narrative approach)、
イマジナティブ・アプローチ(imaginative approach)、
身体知(embodied knowing)、 自律的学習(autonomous learning)、
状況に埋め込まれた学習(situated learning)、
正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)、
コミュニティ・オブ・プラクティス(community of practice)、
キャンパスのBlur化(’blurring’ campus)、
未来のコンピテンシー(new competency) 、
アフォーダンス(affordance)、多元的知性(multiple intelligences)、
デジタル・メディア活用(better use of digital media & networks)、
自己決定(autonomy)、自己表現(assertion)、
イネーブリング(enabling)、
つくりかえられるテクストブック(adaptive textbook)、
開かれた対話と創造の場、生成変化(becoming)

◉関連リンク Becomingとしての人間 (Human Becoming) │ エンパワリング(Empowering)

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モノいわぬ顧客たちの変貌

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今日、需要サイドに起こった大きな変化のひとつは、「モノ言わぬ顧客」と思われていた一般の生活者たちが、情報検索と自己表現の端末をもつようになり、ビジネスの様々なプロセスと次元に参加・関与するようになってきたことです。

◉関連リンク エンパワーメント新しい発言者たちの出現強いリーダー待望論の意味

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新しい発言者たちの出現

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いままで必ずしも発言者になれなかった人たちが、ネット上では発言者になりうる。これが現代の重要な変化です。その結果、ネット上に、編集されざる膨大な知とアイディアがあふれています。インターミディエイター(intermediator)のような媒介者がこれをまとめることができるならば、そのなかから新しい創造的な知(wisdom of crowds、連動知など)を生み出すことのできる可能性が出てきました。ただし安易な意見集約(多数派の横暴を含む)にならないために、対話の文化と多様な評価基準が許容されなければなりません。

◉関連リンク モノいわぬ顧客たちの変貌方法としての「対話」「ブラーリング」現象

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方法としての「対話」

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近代社会、とりわけ近代産業社会の特色は、与える側(供給サイド)と、受ける側(需要サイド)が、はっきりと別れていたことでした。生産者(造り手)と消費者(使い手)、販売者(売り手)と購買者(買い手)、自治体と市民、教師と学生、芸術家と鑑賞者、医師と患者など、というようにです。

これに対して、現代社会の特徴は、こうした素朴な二分化ないし二極化が終わり、一方的な説得、情報発信、商品生産と販売促進(売り込み)が、かつてほどの有効性を失いつつあることです。代わって、受け手と与え手が目線をあわせ、相互に関わりあい、より望ましい結果や効果、そして予期せざる新たな成果を生み出そうとするアプローチとして、方法としての「対話」があげられます。

◉関連リンク 「ブラーリング」現象マーケティングの新展開

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「ブラーリング」現象

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ソーシャル・ネットワーキングの世界では、既存の境界が、ますますあいまいになっていきます。これを「ブラーリング(blurring)」現象といいます。

活発なNPOは、ますますスタートアップ企業のような活動スタイルになり、先進企業は、ますます社会や公共を語るようになるとともに、政府機能のいちぶさえ担当するようになります。また革新的な自治体は、行政を課題解決活動ととらえ、「顧客」概念を取り入れるとともに、活動の成果をしっかり評価するようになる、と考えられます。

それぞれのプレイヤーが、よりおおきなネットワークのなかの一部であり、相互に関わり合いながら、ともに変化していけるかが、今後の課題といえます。

◉関連リンク 方法としての「対話」│  マーケティングの新展開

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