「新しい学」が解らない人びと
by shidarapress
中年以上のニブイ人たちは、とてもとても「新しい学」の世界に入ることはできず、なにかことを思案しようとすると、もれなく古い学問を頼りにして、すべてそこから割り出すという風潮のなかにいるわけですが、こちらはその霊妙で不思議と皆がありがたがる古い学問をアタマから見下していたものですから、自分の身のためには随分と危ないことだと言えますね。208
中年以上のニブイ人たちは、とてもとても「新しい学」の世界に入ることはできず、なにかことを思案しようとすると、もれなく古い学問を頼りにして、すべてそこから割り出すという風潮のなかにいるわけですが、こちらはその霊妙で不思議と皆がありがたがる古い学問をアタマから見下していたものですから、自分の身のためには随分と危ないことだと言えますね。208
洋学者として英語を知らなければ、とうてい何事にも精通することはできない。これからは英語を読むよりしょうがない、そう思い、横浜から帰った翌日、一度は落胆したが同時にまた心を新たにし、それからは一切英語と覚悟を決めた。100
結局、私がこの日本に「新しい学」(当時の洋学)を盛んにして、どうしても西洋流の文明国にしたいと熱心でした。慶應義塾は、新しい西欧文明の案内者であり、まるで来客を案内し、世話をする主人となり、西欧流の特別エージェントとでもいうような役割りをはたして、外国人に頼まれもしないことをやっていたものだから、古風でかたくなな日本人に嫌われたのも無理はありません。206