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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

タグ: 学習

原田敬策とのCo-learning

by shidarapress

学友の神田孝平に会って、どうしても英語をやろうじゃないかと持ちかけたが、「キミたちは元気がいいからやってくれ。今のところ自分でやろうと思わない」という。それから村田蔵六(のちに大村益次郎)のところに行ってみたが、「必要なものはみなオランダ人が英訳するから、それを読めれば十分じゃないか。だから英語はやらない」という。なるほど、ソレモ一理あるけれど、オランダ人がなんでも翻訳するわけではない。「ぼくは一切英語は読まない。必要があればオランダ人が翻訳したものを読むから、それでかまわない」と村田は威張っている。もうしょうがないので、今度は小石川にいる原田敬策にもちかけると、原田はたいへん熱心に言う。「なんでもやろう。誰がどう言ってもかまわんよ。どんなことがあっても、やりとげよう」というので、原田とは互いに意見が合ったのだった。103

槙村正直による京都イニシアティブ

by shidarapress

槙村正直。明治元年から明治14年まで(1868〜1881)、草創期の京都府政を担当した。近代京都の成立に重要な役割をはたした、とされている。

京都は千年の古都とはいえ、近代都市へ脱皮するうえで好条件を備えていたわけではなかった。1.産業を興すには不利な内陸地、2.水資源、とくに工業用水の確保は、平安遷都以来、至難の課題であり続けたこと。3.天皇の車駕東遷による京都人の動揺、4.財政難に有効に対処できない行政システムなど。

槙村は、京都を新しくするために、次のような抱負を述べている。「この衰微する不便な土地を、充実と繁栄の地に変えてみせる」

槙村は、明治3年「京都府施政ノ大綱領」を三条実美に具申した。そこで彼はこう書いている。「広く海外の形勢を示して人智を発明すること」。

京都での事業(とくに農業、工業)を発展させ、インフラを整備するとともに、なにより教育・出版事業に関わることを重要な施策と考えていたのである。

 

多田建次『京都集書院』玉川大学出版部, 1998より編集・作成

もはや学習を独占できない学校

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『ポスト資本主義社会』には、今後、学校に訪れる大きな変化が説かれている。その要点を「第3カーブ」の観点から翻案すれば、次のようになる:

学校の役割は、もはや学校が独占するものではない企業、行政、NPOなど、あらゆる組織が、学び続けるための場となる。学校は、これらの機関と連携することになる。激動する社会、転換期の社会では、「学習(learning)」の機会と場は、社会全体に広がらなければならない。

・Drucker, Peter F. (1994 *) Post-Capitalist Society, HarperBusiness, p.198. (paperback ed.)より編集・作成

◉環連リンク 新しい学習観慶應義塾 ーはじまりの原理ー

設樂剛事務所

* Post-Capitalist Society の出版は1993年。Paperback ed.が1994年。