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Some postcards for a post-disciplinary approach —新しい「知と方法」へ—

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カッテンディーケと咸臨丸

by shidarapress

咸臨丸は日本名で、オランダ名はヤーパン(日本号)という名前がついていた。艦長は、オランダでもっとも優秀な士官カッテンディーケ(1816~66)。彼は海軍技術の教授でもあって、やがてオランダの海軍大臣もつとめることになる。視野の広い人物だったと言われている。勝海舟は、このカッテンディーケに、洋式海軍を結成するための幅広い教えを乞うことになる。その意味で、咸臨丸とともに来日したカッテンディーケ一行は、近代日本が成立する上で、触媒もしくは教師の役割を担っていた。

設樂剛事務所

 

福沢諭吉のアドバイザー

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肥田昭作は、幕府がオランダに注文して造った「咸臨丸」の航海に、教授方として乗船する。彼はやがて慶應義塾の教員となり、その後、文部省へと移って出版免許の課長を務めた。さらにその後、肥田はビジネス界に転身する。三菱為替会社に勤務するが、やがて養父が創設に参加した国立大十五銀行の頭取に任じられる。ついで百十九銀行や壬午銀行の頭取も歴任した。慶應義塾初期の有力門下生の一人とされ、義塾維持のファンド・レイジングにあたっては福沢諭吉の相談相手となっていた。

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