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午後、瑠璃色から青銅色に色彩が変化する、ふしぎな情報装置について話しあう。夕方、信濃町の先で建設中のスタジアムを、ぐるっと歩いたのを思いだす。途中、トラックが出入りするゲートが開いて、なかのようすを見た。その建築家の声がこだまする。

——タウトは日向邸に賭けていた。しかし彼の熱意は周囲から見れば異常だった。わざわざ招待したはずの世界的な巨匠が、ちっぽけな地下室の増築に、これほど熱中してしまったのである。出来映えに人々は愕然としてしまった。庭園の下につくられた地下室を、美しいオブジェクトにできるはずもなかった。写真を撮ろうにも、これほど退屈な空間は考えられない。すべては黒に近い地味な色彩に塗り込められ、いかなるエレメントも視覚的に突出することを禁じられていた。コルビュジエの設計方法とは、すべてにおいて対極的だった。

その建築家は自著解説で、次のように書いている。

——そして東京オリンピックが来る。丹下健三、黒川紀章らの建築家がテレビの中で、とうとうと、さっそうと自作の建築物を語っていた。

この部分が、その建築家のヴィジョン、いや、憧れを語っていた。
これを書いた16年後、2020年の東京オリンピックに向け、その建築家が国立競技場を設計することになる。もう少し前後を読むと、自著解説というより、自己解説、自己絵巻になっている。ある女優のエッセイに目を通したときと同じ質感だった。だがおかげで、来日したタウトの異常な熱中について知ることができた。

タウトを辞書で引く:
タウト Bruno Taut
[1880〜1938]ドイツの建築家。鉄の塔,ガラスの家,色彩建築,集合住宅など進歩的作風で世界に名声をはせた。来日して日本の伝統建築を高く評価し,工芸指導や「日本美の再発見」などの著作を残した。

これではタウトの異常な熱中はさっぱりわからない。当然だ。辞書はそうした突出した細部に紙面を割く場ではないのだから。

いや、そうだろうか。むしろ突出した細部が、辞書の語釈を支えているのではないだろうか。鉄の塔を建てた、日本の伝統建築を高く評価した、「日本美の再発見」を書いた——。どれも突出した細部ではないか。

そこで、この語釈を次のように書きかえる。

タウト Bruno Taut
[1880〜1938]ドイツの建築家。鉄の塔,ガラスの家,色彩建築,集合住宅など進歩的作風で世界に名声をはせる。来日して日本の伝統建築を高く評価し,工芸指導や「日本美の再発見」などの著作を残す。異常に熱中することがある。

ここまでの作業を経て、次のような一文を綴る:
「異常な熱中が突出した細部を生み、突出した細部が辞書に刻まれる」

◉ enthusiasm(熱中、熱狂;夢中) 【類語】crazy, wild ; engagement