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Wordsmith. 言葉の創始者。

朝、フィンランドをめぐる記号の大地を歩く。大地というより、裏庭をめぐる程度だが。①フィンランド語。②ウラル語族。③スオミ語 Suomi とも。ウラル語族の範囲を大まかになぞりながら、次いでスオミ人の足取りについて。④スオミ人は、ウラル語族のなかでもっとも西に進出したとされ、そのさい、⑤バルト・スラブ語やゲルマン語との接触を通じて文化言語を取り込みながら、フィンランド語が形成されていく。ここで言語接触と言語形成について、いくつかの考察をはさむ。

次。さらにフィンランド語で書かれた書物の世界について。⑥比較的新しい言語で、フィンランド語最古の文献は、16世紀。⑦フィンランドの宗教改革者で、大主教の M. アグリコラ Mikael Agricola による『ABC読本(ABC入門)』(1543)が、次いで聖職者のための『祈祷書』(1544)が書かれ、『新約聖書』が初めてフィンランド語に翻訳される(1548)。加えて、需要サイドに対する出版効果について。⑧こうした執筆・翻訳作業は、国民の識字力を高め、正書法 orthography の規範を築くことに貢献したことから、アグリコラは、フィンランド文学の開祖と位置づけられている(高橋静男、世界文学大事典)。ふうん“開祖”ねえ。

その後の展開について。⑨それから300年後、19世紀に入ってフィンランド文学が開花していく。スオミ人の自治が認められていたとはいえ、当時ロシアの統治下にあったフィンランドの地から、医師であり哲学博士号を持つE. リョンロート Elias Lönnrot が登場し、彼による口承民族詩『カレワラ』(Kalevala, 1848-49)をつうじて文化的語彙が整備されていく。詩作を通じて語彙が整備されていくのである。Wordsmithという単語を連想する。「新しいビジネス語をつくりだす人」という語釈を書きとめる。⑩小泉保は、「マックス・ミューラーMax Müllerは、この『カレワラ』を『イリアス』に比肩するものと絶賛した」と述べている。『カレワラ』以降に起こった重要なことは、印刷メディアから、デジタル・メディアへのメディアの転換である。かつて宗教者や文学者は、文化的語彙の洗練と整備において重要な担い手だった。いまはどうだろうか。——といったところで会議の時間に。