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こんにちは、井筒俊彦です。
数寄屋橋の話ですか? ああ、あれはですね。ぼくは、何を間違えたのか、慶応の経済に、ひょっこり通ってしまったんですね。試験に。慶応の経済といえば、当時、天下に名の聞こえた難関でした。ところが、経済学部の予科で習うことは、なにひとつ面白くなかったですね。面白かったのは、変わり種の池田弥三郞と同級になったぐらいのもので、心はひたすら文学部に向いていました。池田もそうでした。
ぼくと同じように、経済学部がイヤで、文学部のほうにばかり心を傾けていた池田と示し合わせましてね、ふたり揃って、文学部に進もうと固く決心したんです。それで、ですよ。あれは、学年末試験の最終日でしたね。最終日の科目だった簿記の試験が終わった夕方、さっそく、たったったと銀座に行ったんです、ふたりして。もう、試験結果や成績なんてお構いなしです。ともかく、簿記原論とかなんとかいう分厚い教科書を、銀座の数寄屋橋の上から、泥川にぶん投げましてね、「これで、きれいさっぱり、経済とは縁を切ってやった」といわんばかりに、ぶわんと放り込んだんですよ。で、意気揚々として文学部に乗り込んだと、そういうわけです。

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