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その晩、わたしたち3人は、島にあるレストランで夕食をとりました。何かの拍子に、話題は、近年、異常発達する機械のことにおよびました。どうみてもゆったりした島の時間にふさわしいとは思えない話題でしたが、〈彼〉はこの会話を楽しむことにしたようです。

「……そうですね。新しいテクノロジーは、人間の能力を“代替”する。そんな話が、昔から認知科学という分野では語られてきました」と〈彼〉はいった。
「どういうことです?」ヘンリー氏はそういいながら、グラスをかたむけた。
「ええ、便利な道具を使うと、その道具に頼ってしまい、かえって頭がさっぱり動かなくなる。たとえば、計算機や電卓がそうです。電卓やアプリが登場したことで、わたしたちの計算力はそれに代替されました。それから、すこし昔なら電話番号って覚えていたのに、私たちの記憶力をスマートフォンが代替して、もうたいていの人は番号を覚えていません。これが、新しいテクノロジーは人間の能力を“代替”する、ということなんですが、AIの登場が人間から仕事を奪うというシナリオは、この話の延長にあることなんです」と〈彼〉はいった。
「おぉ…」とヘンリー氏は応えた。
「こういう話は、東京大学の佐伯胖 yutaka saekiさんも考えていたはずです。たしか『新・コンピュータと教育』、第2章でしたか。この〈教育〉というのを〈学習〉としてくださると もっとよかったんですが。そういうことを誰より解っておられる方ですから。90年代後半の本ですから、出てくる道具やテクノロジーは古いんですが、人間と道具、人間と機械の関係を考えておられた」
「人間と機械の関係か…」
「さて大事なのは、この先です。人間の能力を代替して、人間の知を代行するテクノロジーがあるのですから、その反対に、ヒトを賢くしてくれる道具やテクノロジーがあるはずです」
「ああ、わかりました。それであなたは『人を助けるテクノロジー』という話をお書きになったわけですね」
「ええ。あそこで書いたのは、人間と機械のコ・ラーニング(共同学習)です。知性をもった機械と人間がともに学ぶなかで、人間は回復力を増していくという話です。AIに意識はないとされているのですから、こうした方向で高度な知的テクノロジーを開発していけるかどうかは、人間サイドの構想力の問題です。人間と機械のよりよい協働関係をつくらなければ、これからの社会は成り立たないですから」

ヘンリー氏のグラスははやくも空になっていました。考えごとをされているときのヘンリー氏はピッチが速くなるのを度々みてきました。どうももう少しこの話の続きをしたそうでもありました。

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