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「物語と現実の関係を考えるとき、まず現実があって、それを物語化するという方向がある」と〈彼〉は言った。女性として初めてアカデミー監督賞を受賞したキャスリン・ビグローはこのタイプで、原子力潜水艦を扱った『K-19』2002も、彼女の出世作となった『ハート・ロッカー』2008も、その次のビン・ラディンを追った『ゼロ・ダーク・サーティ』2012も、新作『デトロイト』2017も、実際に起きた事件・事故を物語化している。だから多少世俗的なことをいえば、過去に起きた現実を題材に物語化すれば、多くの聴衆を惹きつけ、その物語世界を広く知らしめ、ついでにみずからもその手腕を認められ栄光をつかみ取れるかもしれない。

ですが、と〈彼〉はつづける。「物語と現実の関係で重要なのはその逆で、“現実は物語を模倣する”ということ、“物語は現実に先行する”ということです。新しい物語を描くことが、未知の現実を現実化していくわけです。デジタル通貨、自動運転、AI、ハイパーループ……」。

そういってから、〈彼〉はこう切り出した。「そういえば、先日カリフォルニアに住んでいる友人が、動画と写真を送ってくれたんだ。庭から撮ったんだって。ほら、これ。このあいだイーロン・マスクが試験ロケットを飛ばしたでしょう。『スペースX』の。これがその動画。最初 ミサイルか?とか、この煙は有害物質?とか、本気で気を揉んだって」。
「次元を変えた物語を突きつけてくるよね」
「そうなんだね、新しい物語というときの『新しい』というのは、次元を変えるという意味だからね」
「新しい物語、足りてないね」
「ぜんぜん足りてない。その試みが日本中で欠乏している」

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