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〈彼〉はかたわらにあった一冊の本を手に取る。著者の名前は、カズオ・イシグロ。ページを開くと、執事と女中が会話をしていた。その文章は読み手に知性を感じさせ、筋よりも、その知的な文面を追いたくてついつい5ページ、6ページと読み進めてしまう。このとき〈彼〉はずいぶん前に目にした、ある半ページほどの記事を思いだしていた。イシグロは、この小説の前に出版した作品で注目を集めたが、その後周辺が騒がしくなり、日々の執筆のリズムを崩していた。気づけば原稿はさっぱり進んでいない。貧しい進捗ぶりに閉口した。そこでイシグロは一切の対外的要請を断り、もっぱら執筆だけに専念できる環境を整え、4週間で原稿を書き上げる。The Remains of the Dayというタイトルが付いた。Booker Prizeをとった。こうした知的なテクストを讃える文化があるのだと〈彼〉は思った。

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