「見守る」という叡知(2)

投稿者: shidarapress

見守るということをもう少し詳しくいいかえてみると、その人にできるだけの自由を許し、つねに期待を失わずに傍にい続けることだと言えるだろう。例をあげて考えてみよう。

例えば、失恋で苦しんでいる青年が、もう死んだ方がましだという。死ぬ場所を探すために旅に出たいなどと言い出したとき、われわれは彼に「自由を許して」いいのだろうか。もし彼が本当に自殺したりすると、取り返しのつかないことになる。あるいは、ある青年は職業に就くが些細なことから上司とけんかをして辞職してくる。こんなことを数回も繰り返して、もう一度就職したいというときに、われわれは「期待を失わず」にいることができるだろうか?

一般にいって、援助を必要とする人は、期待がもちにくかったり、自由を許したくないと感じられるような人である。それに対して、期待を失わず、自由を許すことにこそ意味があるのである。

reference to this page: 河合隼雄,『大人になることのむずかしさ』岩波書店, p.122-23. note:「エンパワリング」とはひとつには人間開発のことである。これはより包括的な、いわば大分類の定義である。人間開発に対する中分類の定義をひとつだけあげると、人が大人になるのを見守ることである。さらに小分類でみると、その人にできるだけの自由を許し、つねに期待を失わずに傍にい続けることである。中分類の定義では施策・政策が見え、小分類の定義になると方法・技法が見えてくる。

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