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アクティブ・ラーニングという言葉は、残るはずのない一過性の言葉である。学ぶということは能動的になることである。だからそれは 〈白い白馬〉  同様リダンダント、すなわち重複表現である。

社会にはさまざまな考えがある。とりわけ時代の転換期には言葉が氾濫する。だが広く知られているからと言って、それが将来を支える言葉であるとは限らない。むしろ地球上の人類の課題は、この多様性と不信の時代にあって、立場の異なるものとのあいだで、なんとか共に学ぶ関係がなりたつこと、すなわちコ・ラーニング(Co-learning)がいかにして可能かを問うことである。異質なものとの相互作用が、新しいものを生み出す。そしてこれが堂々巡りを打ち破るのである。

社会が語る言葉をそれはそれとして一度受け止める。その上で、別の考え方があることを冷静に考えなおしてみる。考えるとは、考えなおすことであるのだから。

note: ” Co- “とは,「共同の」「共に」を意味する接頭辞:コ・ラーニングは、共同学習あるいは共に学ぶこと/なお「学習」とは、行動パターンが変わること。だからコ・ラーニングは変化の原理(共に変化していくための原理)である。

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