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卓越した教師には2種類ある。一方は教える才能をもつ「天賦の教師」であり、もう一方は生徒自身に学ぶべきことをプログラムさせる「学習促進者」である。天賦の教師は、しかしその名に反し、教えることは思い上がりであるとして、教えないことによってかえって人間と世界について悟らせてしまう。他方、学習促進者は、自ら天賦の教師であることによってではなく、自ら手にした方法論によって人が学ぶのを手助けする人たちである。彼らは、人が学ぶための方法論を知っている。

教えることは一種の才能である。それは、ベートーベン、ルーベンス、アインシュタインがもっていた才能とおなじように、天賦のものである。技能や習慣によって得るものではなく、生まれつきの個性である。天賦の教師とは生まれつきのものであって、さらによい教師へと成長していく。これに対し、学習促進者は、誰もが身につけることのできる方法論を手にしている。

私が出会ったゾフィー先生とエルザ先生は、まさに2人とも卓越した教師だった。ゾフィー先生は悟らせ、エルザ先生は方法を与えた。ゾフィー先生はビジョンを描かせ、エルザ先生は人びとを学びへと誘った。ゾフィー先生は天賦の教師であり、エルザ先生は学習促進者だった。

 

reference to this page:  P. F. Drucker, Adventures of Bystander, 1979,1994(上田惇夫訳『ドラッカーわが軌跡』, 2006年), p.80, 82-83をもとに編集・作成。note: 本書は、社会の多様性を追求してきた著者が、多様な個について語ったもので、「私の著作のうちもっとも重要ではないかもしれないが、もっとも楽しく書いたもの」であり「ついに私が書きたくて書いた本だった」と語っている。

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