自発性(誰もが発揮できるもの)

投稿者: shidarapress

『経営の美学』(2007, 日本経済新聞出版社)には、資生堂名誉会長の福原義春 氏に、ぼくの人生観が変わった、とまで言わせた逸話が収められている。ニューヨーク・メトロポリタン美術館での出来事だが、氏を変えたのは自発性を発揮した市民たちであった。だが、当の市民は相手を変えようとは一切思っておらず、ただ身のまわりのこと、自分にできることで自発性を発揮しただけだった。自発性は、その気になればいつでも誰でも発揮できるもの。人間社会の不思議を説いた、示唆に富む現代の寓話をご覧いただこうと思う。

◉ 福原義春が、自発性の重要さについて、ニューヨークのメトロポリタン美術館でのメモワールを語っている。資生堂が協賛した「アメリカン・バロック展」という展覧会があり、ニューヨークの出張と重なった福原は、レセプションに出かけた。その日に限って、受付からキュレーター、ピストルを持ったガードマンまで、にこやかに「いらっしゃい」と迎えてくれ、アメリカではこれまで経験したことのない、ホスピタリティに溢れる対応を受けた。後の予定があったので、ロダンの彫刻やその他の展示を巡り、一時間ほどで出口に向かった。するとホストの女性が追いかけてきて、「あら、もうお帰りですか。さっき来たばかりではないですか。もっとゆっくりしていらっしゃれば」と引き留める。受付でも「もう帰るのですか。もっと皆さんとお話ししていらっしゃればいいのに」と誘われる。現地法人の社長たちと会食が予定されていた福原は、丁重にお断りして会場を立ち去った。

会食で、当時の社長アンディー・フィリップに尋ねた。「ぼくは、20年ほど前アメリカに住んでいたが、あの頃は公共の場所でのホスピタリティはまったく感じなかった。でも、今日は美術館で、まるで家庭に招かれたような親切に出合ったが、アメリカの社会は変わったのか」と。

すると彼は、こう答えた。「何も変わっていませんよ。ところで、今日は何曜日か知っていますか」と聞くので、月曜日と答えると「月曜日は美術館の定休日です。今日あなたがお会いになったのは、全員ボランティアですよ」。

この話に福原は衝撃を受けた。高いサラリーをもらっているのに働いていないような人がいる一方で、ほとんど無給のボランティアであんなにいきいきと、しかもとても親切に働いている。これは一体、どういうことなのか。その後ずいぶんと考えたり、いろいろな人びとと話したりする中で分かったのは、自発性の重要さであった。これまで経済合理性だけを追求し、人間を組織の歯車やシステムの部品とみなしてきた結果、個のモチベーションは低下し、自発性が消失ないし発揮されなくなってしまったのではないだろうか。

このような思いに至った福原は語っている。以来、私の人生観は大きく変わりました、と。このころ、日本では成果主義が提唱され、それを導入する企業が増えていく。その後、下火にはなったものの、当時福原は、札束で成果を引き出すというのは、何か「人間の原理」を見誤っているのではないかと述懐している。

 

reference to this page: 『経営の美学』2007, p.5-7より編集・作成.  note:  福原義春(1931-), 駒井哲郎(1920-1976)のコレクターとしても知られる/札束で成果を引き出す・・・ビジネスを含む、およそ人間の共同社会に関する学問が前提とする人間像の中に「経済的動物」としての人間というものがある。この見方によれば、人は経済的な目的や報酬によって動機づけられるとみなされる。福原氏もむろん経済的動機づけの一定の有効性は承知しているが、経済的動物というコンセプトは、人間を見るときにあまりに一面的ではないかと考えていることが窺える/メトロポリタン美術館(The Met, The Metropolitan Museum of Art, 1870- )/ Thomas Hoving(1931-2009),  Making the Mummies Dance: Inside the Metropolitan Museum of Art, 1993.(トマス・ホーヴィング『ミイラにダンスを踊らせて』, 2000)

⊆ 設樂剛事務所

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