ウィーン

カール・クラウス:知的アナキスト

Pocket

shidara pressでは、世界史の中で人間が創造性を発揮した場面をおりおりに取りあげている。人間の知的創造性でいえば、ウィーン生まれの科学哲学者ポール・ファイヤアーベントはかつて、知(science)の新たな展開や創発を妨げない重要な原則は「Anything Goes!」だと語った。これは従来の個別科学(discipline)が採用する方法への挑戦であり「知のアナーキズム」だった。この意味でのアナーキズムは、政府を批判する無政府主義のことではなく、既成の権威ある学問のあり方や、正統的とされる方法論を批判し、新たな「知と方法」の可能性を探究する、創造的な知的態度を指す。

さて、以下はサイエンスの分野ではなく、文化的アナキストと呼ばれたカール・クラウス(Karl Kraus, 1874-1934)に対するいくつかの評判だ。じつに賛否の激しい人だった。

村山雅人の『反ユダヤ主義:世紀末ウィーンの政治と文化』を読んでいたら、第7章で、カール・クラウスについて、一章が割かれていた。章題は「文化的アナキスト クラウス」である。そこでは、クラウスが「オーストリアの文学史において唯一無二の存在」であること、賛否の激しい人だったこと、味方は多くなかったことが描かれている。

賛同者の声をいくつか拾っておく———
◉「このアンチ・ジャーナリストにたいして、しばしば心からの感動」を感じた(ヘルマン・ブロッホ)/◉「カール・クラウスは、唯一偉大な、倫理観に裏打ちされた論争家で風刺家である」(テオドール・ヘッカー)/◉「聡明な友」であり「われわれの時代第一級の作家」(ベルトルト・ブレヒト)/◉「神や自然から遠くかけ離れてしまった人類に途を示した人物」(アドルフ・ロース)。

クラウスに対する敵対者の声からもいくつか。
◉「ツァラトゥストラの猿」(アントン・クー)/◉「オーストリアの墓掘り人夫」(ヨーゼフ・ロート)/◉「名うての悪ガキ」(シュニッツラー)/◉「世間の人びとに嫌悪を呼び起こす存在以外の何者でもない」(フランツ・ヴェルフェル)。

なお、クラウスは、1926年にノーベル文学賞にノミネイトされている。同年の受賞者は、サルデーニャ島生まれの、イタリア詩人 グラッツイア・デレッダ(Grazia Deledda, 1871-1936)だった。“idealistically inspired writings ”が評価された。クラウスもまた、“inspired writings”を書きつづけた。それは、idealisticというよりも連打される痛烈な時代批評であり、Satire(風刺)の網の目だった。

クラウスは、世界は言葉でできていると考えていたようだが、それはその通りで、言葉とは環境だ。言葉の書きかえがなければ、環境を書きかえることにはならない。クラウスは、言葉によって、辛らつな批評によって、苛烈な警句によって、“inspired writings”によって、人間環境に変革を起こそうとしたのであった。そんなカール・クラウスは、ヒトラーやナチスという時代の脅威と言語を介して闘った、オーストリアの、規格外の、詩人、評論家、劇作家として記憶されている。

こうして、「詩作・評論・劇作」は、新時代を創るための言語的3機能であることが、カール・クラウスを通じて示されている。設樂剛事務所は、行動する詩人たち(新しいことばを使う人たち)のネットワークを形成しながら、時代を動かすための詩的機能、評論機能、劇作機能をもっと強調していくことになるだろうと思う。なにも劇団を旗揚げするのではない。ニュー・コンセプト、ニュー・コメント、ニュー・コメディを出していくということだ。コメディと言っても、それは the Divine Comedy(ダンテ,『 神曲 』)というときのコメディである。つまり、“Comedy”とは、tragedy(悲劇:死を伴う劇)と対照をなす劇、すなわち不幸や死からはじまって、多幸や新生に到る劇のことであって、必ずしも笑い話というわけではない。

 

note: カール・クラウス(Karl Kraus, 1874-1934)/ポール・ファイヤアーベント(Paul Karl Feyerabend, 1924-1994)/ヘルマン・ブロッホ(Hermann Broch, 1886-1951)/テオドール・ヘッカー(Theodor Haecker, 1879-1945)/ベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht, 1898-1956)/アドルフ・ロース(Adolf Loos, 1870-1933)/アントン・クー(Anton Kuh, 1890-1941)/ヨーゼフ・ロート(Joseph Roth, 1894-1939)/シュニッツラー(Arthur Schnitzler, 1862-1931)/フランツ・ヴェルフェル(Franz Werfel, 1890-1945)

error: Content is protected !!
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。