イリアスとエーゲ文明

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『イリアス 〔GK, L〕Ilias, 〔E〕Illiad』の成立時期は判然としない。
一説には、紀元前8世紀半ばごろ(BC8半ば、紀元前750年ごろ)につくられたとされる。その後、BC6世紀後半のアテナイで文字化され、BC2世紀のアレキサンドリアにおいて、今日のかたちにまとめられたという。

「イリオンの歌」を意味する『イリアス』の成立は、一応、BC8世紀半ばごろとされるが、原型はさらに遠く、ギリシア文明の先駆をなす、ミケーネ時代(Mykēnai)に遡るという記述がある(ブリタニカ国際百科事典)。

男は、いまから約5000年前、紀元前3000年 (3000 BC)以降の文明の推移を、ごく大まかにスケッチした。

Phase 1.  エーゲ文明( 1-a. クレタ文明 BC30〜  —  1-b.ミケーネ文明 BC16〜BC12 )—  Phase 2.  暗黒時代  —  Phase 3.  ギリシア文明 BC8半〜

ミケーネ文明は(map, 赤丸部分)、エーゲ文明の後期にあたる。地中海東部のエーゲ海周辺地域に、北方からアカイア人がやってきて、古代の青銅器文明を築いた。

ミケーネ文明が栄えた場所は、地理的にも特色的にも、先進のオリエントとヨーロッパ文明の中間に位置している。

オリエントは、メソポタミアおよびエジプトを中心とする地域で、地中海より東側の地方をさす(とくにトルコ・アラブ)。

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エーゲ文明については、BC30世紀から、その始まりが説き起こされる。はじめ非アーリア系地中海人による、クレタ文明を中心に展開し、その後クレタ文明の影響を受けながら、アーリア系民族による、ミケーネ文明が主流化していく。

だいたいBC26世紀ごろから、「初期」青銅器文化が芽生え、「中期」青銅器時代を経て——この時期にクレタやミケーネの芸術活動が飛躍的に発展——、BC12世紀ごろにはドリス人の侵入によって滅んだ、と語られることが多い。

ミケーネ文明の栄えた地域は、地中海型の温暖な気候で、空気が澄み、島影を見失わずに安全に航海ができた。このため先進のオリエントと海上交通で結ばれ、この地からヨーロッパの他の地域よりはるかに早く、高度の文化が開けていく。

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