『楽園のこちら側』

投稿者: shidarapress

フィッツジェラルドは一章も送ってこなかったが、1919年9月の第一週に、完成した決定稿がパーキンズの机の上に届けられた。フィッツジェラルドは、原稿をかなり書き変え、パーキンズの提案をことごとく取り入れていた。語り口を三人称に変え、もとの作品から集めた素材をずっとうまく使いこなしていた。そして、作品の題名も新しくなっていた。『楽園のこちら側』と。

彼はマックスウェル・パーキンズから速達の手紙を受け取った。「このことをお伝えするのは、わたし個人としてもまことに喜ばしい次第ですが、わが社の意向として、あなたの作品『楽園のこちら側』を出版することが決まりました。前にお送りいただいた作品を尺度として考えますと、表現がいくらか変わり、全体として長くなってはいますが、非常によくなっていると思います。第1稿もそうでしたが、このたびも活力と生気に満ちあふれており、わたしのみるところ、はるかに均衡が取れているように思われます・・・。なにぶん異色な作品ですので、どれほど売れるか予測しにくいのですが、全社をあげてこの出版に賭け、精一杯努力する所存です」35-37

 

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