カリスマ待望論の落とし穴

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カリスマがいないから、会社の再建が大変だということですが、会社にカリスマがいることのマイナス面をはっきりと指摘することができます。

その最たるものは、人びとが「カリスマがやってくれる」と思ってしまうことで、カリスマ、カリスマと言っているうちは、人はつい、強いリーダーやカリスマが、困難な状況を立て直してくれると思ってしまう。こうして、自分がそれをやるんだ、自分がこの状況からの再建を進めるんだ、とは考えない社員たちが増えていくことになります。これでは、社員が何人、何千人いても、だれも変化の当事者にはなっていきません。ですから「カリスマ待望論」というのは、端的に言って、〈指示待ち人間〉や〈当事者回避願望〉を増やすことになってしまいます。

そこでむしろ大事なのは、多様な役割が連携して、どうやっていい結果を出すかを考えること。これは、よく言われる、「一丸になって」やるのとは違います。それでは多様性を削いだ、ただの没個性ですから。一人ひとりが特性を失ってひとまとまりになれ、というのではなくて、タイプの違う立場や役割(役職ではない)が関わり合って、いかにしてより望ましい結果を出すか。

カリスマ不在で社内が消沈しているなら、その不在は、イノベーションにとって、むしろ好都合です。発想を切り替えて、以上のことを丁寧に追求してみませんか。

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