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結局、私がこの日本に「新しい学」(当時の洋学)を盛んにして、どうしても西洋流の文明国にしたいと熱心でした。慶應義塾は、新しい西欧文明の案内者であり、まるで来客を案内し、世話をする主人となり、西欧流の特別エージェントとでもいうような役割りをはたして、外国人に頼まれもしないことをやっていたものだから、古風でかたくなな日本人に嫌われたのも無理はありません。206

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