I. J. グッドの心変わり

投稿者: shidarapress

グッド(Irving John Good, 1916-2009)は晩年に驚くほど心変わりした。わたしはそれまでずっと、グッドのことをレイ・カーツワイル(Ray Kurzweil, 1948-)のような楽観論者に含めていた。かつて機械が世界を「救った」ところを見ていたし、エッセーでは、人類が生存できるかは超知能マシンの開発にかかっていると論じていたからだ。しかしグッドの友人であったレスリー・ペンドルトンによれば、グッドは意見を180度変えたという。

のちにグッドはふざけて自らの経歴を3人称で書いた。そこには彼の人生の転機がまとめられている。そのなかにはブレッチリーパークで、アラン・チューリング(Alan Mathison Turing, 1912-1954)とともに取り組んだ仕事に関する、おそらく未公開の説明も含まれていた。だがここでは、1998年になってグッドが、最初の超知能と、晩年での心変わりについてどのように綴ったか、それを紹介しよう。

『最初の知能マシンに関する考察』(1965)は、…次の文から始まる。「人類の生存は、超知能マシン開発の初期段階にかかっている」。これは彼(つまり、書き手であるグッド自身のこと)の冷戦中の言葉であって、現在は「生存」を「絶滅」に置き換えるべきではないかと考えている。国際的に繰り広げられる競争ゆえに、機械に支配権を奪われるのを防ぐことはできない、と考えている。わたしたちはレミング(ハタネズミの一種で、集団自殺するといわれてきた)のようなものだ、と考えている。彼はまた、「人類は自分のイメージどおりのデウス・エクス・マキナ(=劇中で強引に話の収拾をつける神)を造ることになるかもしれない」とも語っている。(✽)

ジェイムズ・バラット(James Barrat)

✽ Good, I. J., The 1998 “Computer Pioneer Award” of the IEEE Computer Society

 

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