槙村正直による京都イニシアティブ

投稿者: shidarapress

槙村正直。明治元年から明治14年まで(1868〜1881)、草創期の京都府政を担当した。近代京都の成立に重要な役割をはたした、とされている。

京都は千年の古都とはいえ、近代都市へ脱皮するうえで好条件を備えていたわけではなかった。1.産業を興すには不利な内陸地、2.水資源、とくに工業用水の確保は、平安遷都以来、至難の課題であり続けたこと。3.天皇の車駕東遷による京都人の動揺、4.財政難に有効に対処できない行政システムなど。

槙村は、京都を新しくするために、次のような抱負を述べている。「この衰微する不便な土地を、充実と繁栄の地に変えてみせる」

槙村は、明治3年「京都府施政ノ大綱領」を三条実美に具申した。そこで彼はこう書いている。「広く海外の形勢を示して人智を発明すること」。

京都での事業(とくに農業、工業)を発展させ、インフラを整備するとともに、なにより教育・出版事業に関わることを重要な施策と考えていたのである。

 

多田建次『京都集書院』玉川大学出版部, 1998より編集・作成

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