「ソフト・パワー」を超えて

投稿者: shidarapress

ジョセフ・ナイが発案した「ソフト・パワー論」は、ある国や都市が、他の国や世界に対して影響力を発揮できるか、という戦略論にちがいなく、自国の方針をいかに相手に理解させ、従わせることができるか、という議論で、いわば世界戦略的なパワー拡張論です。ハード・パワーではどこかでどうしても強制的にならざるを得ないとき、ソフト・パワーによって自国の魅力を発揮して、相手をその気にさせようというものなのです。

そうではなく、それぞれの国や地域がお互いに文化の力を出し合って、お互いに魅力を高めながら、グローバリゼーションのなかで人間の交流、文化の交流、あるいは仕事の面での交流をうまくはたしていくことが考えられないでしょうか。それがもっと大切なことではないでしょうか。

なお、文化の力とは、(伊勢神宮、京都や奈良の神社・仏閣など)ある国や社会の伝統的な文化、あるいは固有の文化と思われているものを積極的に活用して広めていこうとすることだけを意味するのではありません。現代の日本社会が、日本の国内においても、あるいは世界の他の国々から見ても魅力をもつものであるかどうか、そこが重要です。

具体的には、現代日本の政治が開かれたものであるかどうか。人権や民主化を重んじる制度をもつ社会であるか。外国人が入ってきても、仕事があれば定着できて、幸福に過ごせるような社会であるか。また組織や制度が開かれているか。外国人でも、日本に行けば教育や社会制度の恩恵を受けることができる、という期待を持てるかどうか。こうしたことが、文化力評価のおおきなポイントになります。

日本は、日本語の国と社会とはいっても、英語を用いた生活もまた、あるていど許容される国と社会であるならば、日本の文化の力は大変強いと評価され、日本の魅力は増すことになると思います。もちろん、日本語をやめて英語にしろといった話では、まったくありません。コミュニケーションが外国人にとって容易であることは、現代国家にとって、おおきな魅力になることを指摘したいのです。

青木保『多文化世界』岩波書店

◉環連リンク:
海部陽介『人類がたどってきた道 :〝文化の多様性〟の起源を探る』

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