世界モデルとしての物語

Worldmakingとしての物語り

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——人間は、それぞれの課題と関心に合うように世界を切りとり、世界についてのモデルを、たえずつくり変えていかなければならない。世界はもはや、そこにあり、それを客観的に記述していけば再現できる、というものではない。われわれがたえず、解読のためのモデルをつくり変えていかなければ、世界はたちまち眼前から姿を消してしまう」(山口昌男・人類学者)

ここでいう、世界を切りとり、世界についてモデルとなるのが、「物語」というメディアである。物語とは世界モデルなのである。


note1: 構造化され、静的なニュアンスを持つ「世界モデル」という用語に対して、“worldmaking”は、世界認識や外部環境を動的につくりなおす行為や状態を表すことができる。これは「生命の特徴は認識の更新にある」と観たK.ローレンツの生命観とも響きあう。物語の更新をやめてしまった主体は、ただ生きながらえているばかりで、生命本来の動的性質を発揮していないことになる。

note2:こうした論点をビジネス界で展開するために、ビジネスの大転換(1)ビジネスの大転換(2)といったプログラムを設けてみた。時代ごとに前提となる世界モデルが異なること、世界モデルが異なれば、ものの観方や考え方も、そしてビジネス用語も異なり、さらに有効とされる政策・戦略も異なることを明らかにした。ただし、このプログラムは、事態の把握をめざす分析の知にとどまるものではない。実際に物語というメディアを書き替え、政策と行動をつくりなおすworldmakingこそを強調した。認識と行為、学習と実践を切り離してはならない(実践の知、政策の知)。

note3:人間活動が生じるところにナラティヴは生まれる。ナラティヴ・アプローチの発想と方法は、医療・看護・社会福祉の領域に狭く限定してはならない。

設樂剛事務所

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