カッテンディーケと咸臨丸

投稿者: shidarapress

咸臨丸は日本名で、オランダ名はヤーパン(日本号)という名前がついていた。艦長は、オランダでもっとも優秀な士官カッテンディーケ(1816~66)。彼は海軍技術の教授でもあって、やがてオランダの海軍大臣もつとめることになる。視野の広い人物だったと言われている。勝海舟は、このカッテンディーケに、洋式海軍を結成するための幅広い教えを乞うことになる。その意味で、咸臨丸とともに来日したカッテンディーケ一行は、近代日本が成立する上で、触媒もしくは教師の役割を担っていた。

設樂剛事務所

 

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