『 交詢雑誌 』45号

投稿者: shidarapress

『福澤諭吉書簡集』によれば、「交詢社」発会式当日の社員数は1767人。職業別に見ると官吏が371名にのぼり、これとほぼ同数にあたるのが学者たちで365名あまり。ここで学者とは、教員、教導職、医師、新聞記者が含まれた。このほかにも商工業者、農地主、華族などが参加し、じつに多様なメンバー構成だった。

交詢社は、東京本社以外にも各地方に支店を設けたほか、『交詢雑誌』の編集と発行をおこなった。しばしば特筆されてきたのは『交詢雑誌』45号で、この号では、当時の自由民権運動の高まりを背景に「私擬憲法案」を掲載している。「議院内閣制」「二院制」「君民共治」「財産制限選挙」などのコンセプトを交詢社案として提案すると、各地の新聞にも転載(シェア)され、当時の政治情勢に多くの影響を与えていく。しかし「 明治14年の政変 」が起こると、官吏などの脱会者が相次いだようで、その後は次第に「純然たる社交クラブ」へと変容していくことになる。

設樂剛事務所

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