交詢社の5人組

投稿者: shidarapress

明治13年1月25日、芝の青松寺。「 交詢社 」は、この場所で発会式を行った。主唱したのは福沢諭吉。設立準備は、以下の5名を中心に進められる。

(1)小泉信吉。このあと横浜正金銀行の副頭取や、明治20年には慶應義塾総長(のち塾長)に就任する。(2)福沢が「気品高尚」「文思緻密」と褒め称えた馬場辰猪。(3)阿部泰蔵。「丸善」創業者の早矢仕有的(はやし ゆうてき)らと英学を学び、やがて慶應義塾で「インテレクチュアル・ヒロソヒイ」を担当する。また、交詢社発会式から1年半後に「明治生命」創立者となる。(4)矢野文雄。大阪慶應義塾や徳島慶應義塾で教鞭を執ったほか、郵便報知新聞の社長をつとめる。立憲改進党の設立にも関与した。その一方で、のちに政治小説『経国美談』を発表し、大隈重信のアドバイザーにもなる。(5)木幡篤次郎。慶應2年から4年と、明治23年から30年まで慶應義塾の塾長を務める。そのほか明治生命の設立や、明治15年には立憲改進党の結成に参加。国会開設とともに貴族院の勅選議員ともなった。以上を中心として、交詢社の創設が準備されていくことになる。

設樂剛事務所

Related Post